第8話 つまらぬ男
「ねぇ母さん、聞いてよ~」
「なになに、和葉~」
「今のバイトめっちゃ良くてさ~」
「それは良かったじゃない」
「一つ年上の先輩がいるんだけどさ、めっちゃイケてて優しい人なの!」
「へぇ。お母さんに聞かせてよ、その先輩の話」
母と姉は永遠に言の葉を交わし、父は時々その会話に混ざりながらテレビのニュースを見る。俺は基本、黙食をするのだが、時々弟の壮馬とゲームの話題を持ち出して話をする。それが、我が家の夕食の常。
今日のメニューは、帰宅後に母が急いで作ったアジフライ、炊き立て白米、ワカメのインスタント味噌汁と、千切りキャベツ山盛りにプチトマトちょい乗せ。あとは大根の煮物が小皿に乗っている。
「……」
俺は、食事をしながら、色々と思考を巡らせていた。小説の内容の行く末とか、俺の周辺に話し上手な人が多いのはなぜなのか、などなど……
「なあ、夏輝」
「ん、何、父さん?」
唐突に俺の名前を呼んだのは、隣で日本酒を嗜む父であった。その間にも、母と姉の、まるで銃撃戦のようなトークが傍らで続いている。
「文化祭、そろそろだろ?お前のクラス、何の出し物するんだ?」
「俺のクラスは、フォトスポットだよ」
「フォトスポット?何だそれ」
「写真が撮れる教室……みたいな感じ」
俺はアジフライの衣のサクサクの食感を噛みしめながら、隣の父に淡々と答えた。弟は、黙って千切りキャベツの山をむしゃむしゃと食っている。
「なるほどな~。夏輝は、誰と回る予定なんだ?いつも独りぼっちだから、やっぱ一人なのか?」
「そうだよ」
「なんだよ。せっかくだから、友達と回ればいいのに。それも、大事な社会勉強の一環になるだろ~」
俺の背中を軽く叩き、日本酒の入ったグラスをグイッと傾けた父。父は、俺とは正反対の性格で、一人では行動ができないタイプだった。買い物も、遊ぶのも、話すも、常に誰かと一緒でないと動けないと、いつも語っていた。
「文化祭、そんなので楽しいの?」
と、父と俺との会話に横槍を入れたのは、姉の和葉だった。ミニトマトを箸から落としながら、俺を睨むように見た。
「楽しいというよりかは、授業が無くなるから楽で良いよ」
「へぇ。そんなんだから、何時まで経っても一人ぼっちで友達もできないし、彼女もできないんだよ、豚」
一番に食事を終えて、皿を片付けようとした俺の裾を皮肉の言葉で引いたのは、やはり姉だった。棘のある姉の物言いに、母はちょっと笑みを零しながら言った。
「こらこら和葉。あんまり夏輝の悪口言わないの。夏輝は、あんたより成績良いんだよ?」
「俺から言わせてもらうと、和葉は、友達とか彼氏とかバイト先の人たちに振り回されて大変そうだよね」
俺も、黙って皮肉の棘を受け入れるばかりではない。姉に向けて、皮肉の毒を投げ返してやるのである。家に居て、姉と言い合う時のみ、流暢に言葉を綴れるし、上手い返しが思いつくというものだ。
姉は、白米を口にかき込みながら、額に青筋を少し寄せた。
よし、効果は抜群だ。姉は最近、人間関係が雑多で悩んでいると、小耳に挟んだことがある。
「く……口だけは上手いやつめ……別に、みんなと仲良くやれてるから良いですけど!?」
姉は、ちょっと頬を赤くした。
俺は誇らしげに胸を張って、食事の皿を流しのシンクに運んで、水に浸けた。このひと手間が、洗い物の効率を上げるのである。
「ご馳走様でした。おいしかったよ」
俺は、いつもの机に向かい、小説の文章をパソコンで打ち込みはじめた。
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