第37話 高嶺の花の冬紀さん

 大学生になった俺。前期の単位をしっかりとコンプリートして、待望の夏休みに突入した。これで、じっくりと小説も書けるし、心安らかに音楽が聴ける。


「疲れたな……」


 バイト帰りの電車内、俺は夜景を窓の外に臨んだ。ビル群の明かりが横に流れて、月明りが注ぐ田畑の広がりを迎えた。


 また明日には、明後日には、この美しい景色が見られるのだろうか。今は、不安よりも、期待が強く在った。過去の俺は、この美しさが失われることの不安に苛まれるばかりであったのに。


——人は、悪い意味でも良い意味でも変わるんだな。あの空の星々と違って。



 そうして駅を去り、暗い道を一人歩いた。白い月光と街灯が明かりが、俺の行く先の道まで寄り添ってくれた。孤独感よりも、それに美を見出す眼が浮き立った。


「ただいま……ぁ?」


 玄関の鍵を開けると、その違和感に気が付いた。……靴がやたらに多い。そして、光に溢れるリビングからは、やたらに騒がしい声が聞こえてくる。



「おお!おかえりなさい、夏輝どの!!」


「お疲れさま、夏輝くん!お邪魔してま~す」


「夏輝、早く手洗って着替えきな。今日はパーティーだよ」


「おぉ。夏輝ぃ……お前も飲むかぁ?ジュース」


「おかえり、兄ちゃん!」


「お帰り。早くしないと冷めるぞー」



 信濃、西園寺、母、父、弟壮馬に姉の和葉……みんなが勢ぞろいで、食卓を囲んでいた。その卓上には、たこ焼き用の機械が置かれていて、白い煙を噴き上げている。


 どうやら、俺に秘密で晩餐会は開催されていたようだ。


「え、何でみんな居るの?てか、西園寺さん、イメージ変わったね……」


 大皿に盛られたたこ焼きの山や、ソースの良い香りよりも、信濃の隣に座る西園寺さんに目を奪われた。


 丸眼鏡を外している。それと、軽くウェーブの掛かった、藍色のインナーの色の髪が印象的だった。しばらく会わない間に、随分なイメージチェンジをしたものだ。


「あ、冬紀ちゃんは、追加のジュースとタコを買いに行ってまーす」


 西園寺さんが、早瀬のバッグを指さしながら、熱々のたこ焼きを丸々頬張った。


 俺は、手洗いを済ませて、おしゃれ着に着替えを済ませた。二階の自室から、騒がしい一階のリビングに降りてきたその時、玄関のインターホンが鳴った。


「お父さん、開けてあげて」

「いやだ。もう動きたくない」

「じゃあ、私とじゃんけん」


 父と和葉が運試しに夢中になっている間に、俺が玄関に向かった。


 戸を開けると、そこには早瀬の姿があった。後ろ髪が外側に跳ねて遊ぶ短めの黒髪に、可愛らしさとクールな感じと美しさが同居していた。丸っこい黒い瞳は、見つめていると吸い込まれそうになる。


 右手には、ジュースとタコが入っているであろう、ピンク色の買い物袋を持っている。




「おかえり、冬紀」




 俺が彼女の名を呼ぶと、頬を緩め、丸い目を細めて、上下の歯を合わせてニッと笑った。




「おかえり、夏輝」

 




 言の葉のコドク  完

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