第10話 夕暮れに迫る雲

「みなさん、文化祭お疲れ様でした。楽しめましたかね?」


「「いえ~い!!」」


「わたしは、なんとか一日で回り切れました。ねぇ~……吹奏楽部の演奏、凄かったですね~」


 午後五時。夕暮れの茜を黒い雲が隠す感傷的な情景を窓の外に、担任の森下先生はニコニコ笑っている。


「また来年かぁ……待てねぇよな」

「ねえ高松、この後教室残る?打ち上げの準備しておこうよ」

「これ、片付けるの大変だぜ?」

「早瀬さーん、打ち上げ、日曜日の何時からだっけー?」


 クラスの学友たちも、飴玉の小さい包を持っていたり、お面を付けていたり、コスプレをしていたりで、十分に楽しめたご様子。



 俺自身も、晴れやかな気持ちで帰りの点呼を迎えていたのである。自分が書いた小説に対して、初めての感想を貰うことが叶ったし、1万文字ぐらいをスマホ入力で書き終えて、充足感で満たされていた。


 ちなみに、弁当はトイレの個室内で食べた。衛生面が気になって消毒液を持参していたから、おそらく大丈夫。今も、別にお腹が痛いわけではないから、案外便所飯というのも悪くないな、と思う。雨音を聞きながら食らう弁当は、優雅で落ち着いた時間をもたらしてくれた。誰一人として、俺が籠城するトイレを訪れなかったから、他人に迷惑もかけていないという完璧さ。


 やっぱり、みんなと違うこと、ちょっと悪いことをしている時は、ワクワクと心が躍る。


「羽田くん……いるね。早瀬さん……こっちか。広末さん……あれ……あ、いた。」


 森下先生は、クラスの全員が教室に集合していることを確認した。そしてその末に、俺が待ちに待った号令をかけた。


「はい、全員いるのを確認しました。じゃあ、これで全体は終わらせますね。みなさん、お疲れ様でした~」


 待ってました、その解散の御言葉。


 放課後の空気に包まれた教室を、俺は早足で出た。教室の後片付けは、振替休日の後の火曜日に行われるということで、また授業が潰れることを知って歓喜した。数学と音楽の授業が潰れてくれるではないか!


 階段を駆け下り、最後の二段は飛び降りて、下駄箱のもとへ。靴を瞬時に履き替えて、学校の入口の駐輪場へ。夕焼けを背に、空に黒っぽい雲を仰ぎ見て、自転車のペダルを漕いだ。


「汝、敬虔な教徒の皮を被った抵抗者~♪疑え、殺せ、奪え、墜とせ、墜とせ、墜とせ、異教徒どもの審判に賭けよ~♪」


 俺は上機嫌に歌を口ずさんで、東新台駅の近くの駐輪場に到着した。周囲の人々が、俺に冷ややかな視線を送るが、それも気にならないぐらいに、良い気分が濃厚であった。




——人と違う経験をした!小説を評価してもらえた!やっと休日だ!





 

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