第11話 造花信奉エゴイズム

「どうだった、文化祭は?」


 文化祭終了後、帰宅した俺は、母に作ってもらった夕飯を食らっていた。今日はカレーで、やっぱりおいしい。俺の隣から、父は尋ねてきた。


「良かったね。コンピューター部の人たちと回ったんだけどさ、一日かけてギリギリ回り切れたよ」


 嘘である。本当は、誰とも回っていないのである。父の問いに淡々と答え、それを繰り返すのみ。


「おお。夏輝も、人とかかわることの楽しさが分かったか!楽しめたなら、良かった、良かった。」


「昼は、焼きそばとカレー食べたな。おいしかった。」


 これも嘘だ。本当は、便所で弁当を食べた。


「あれ、弁当持って行ったんじゃないのか?」


「お腹空いたから、弁当は午前中のうちに食べた」


 父は、録画していたアニメを見ながら、俺の文化祭の成功を喜んでいた。全部、嘘で作り上げられた虚構と知らずに。俺にとっての文化祭の本当の楽しみ方は、一人、ぽつねんと在ることだった。


 俺は、速攻で夕食を済まして、いつもの勉強机に向かった。もちろん、小説を書くために。次いで、愛用のイヤホンを装着。あのアーティストの曲を聴きながら、最近実費で買ったばかりのパソコンのキーボードをカタカタ言わせるのである。


「俺は、自死を決意した。」


 小説を書いているときの俺は、とにかく小言が多いと、母に言われたことがある。姉には、気味が悪い、とまで言われたか。


 しかし、こうして書いた文章を声に出して読むと、誤字脱字に気がつくことができるし、なによりアイデアの整理がつくのだ。


「全てが、歯車の回る通りに進むと思うなよ。俺が、この命でもって訴えてやる、ぶっ壊してやる。」


 思考の巡りに、キーボードを打つ手が追い付かないこの感覚が、大変好きだった。スポーツ選手が、「ゾーンに入った」と表現する状態が、たぶんこれなんだと思う。


 文字の走りが、まるでキャラクターの一挙手一投足のように動いて、錯覚して見えてくる。


「うるさい。声キモい。黙って書け」


 俺の背後から、姉のどすの効いた低い声が投げられた。しかし、そんなもの意に介さず、俺はキーボードを打ち続けた。


「こんないいパソコン、夏輝には勿体ない。豚に真珠ってやつ」


「もう、うるさいな……その言葉、いつか後悔させてやるからな」


 また、毒々しい言葉を投げられた。俺は我慢ならず、イヤホンを外して、姉を上目遣いで睨み付けてやった。


「やってみな。あんたにできるもんなら」


 姉は、後ろ手に髪を結びながら、俺の机を離れた。そうして、おやつとして母が買い込んでいたドーナッツの小袋を三つ、取り出して貪り食い始めた。母の夕飯を食べないで、甘いものに食らいつくとはこれ如何に……


 姉をぎゃふんと言わせてやろうと、さらに執筆の熱に燃えた。スペースキーとエンターを押す音が、特に大きく部屋に響いた。——タイピングが中途半端に速い人の、典型的な特徴だ。



 傲慢であるかもしれないが、俺の夢というか、野望は、まさに眼前にある。この、我が子とも呼べる作品を世に送り出し、世間様から一定、認められることが俺の大志だ。



 小説を書くだけで生計を立てることが難しいこと、重々承知。だから、一瞬だけでも、俺の人生の花開く瞬間を作り出したいと思っている。たったの一瞬でいい。それで俺は救われると信奉しているから。



 口下手で心の叫びを表に出せない俺が、一発当てて認められるその瞬間に向けて、走り続けているのである。誰にも話さず、明かさず、いつか黒い雲が晴れ上がる日が来ると信じて、俺はペンか、あるいはキーボードを打つ手を走らせるのである。



 小説ならば、文章ならば、この不出来な口を介さずに、心が直接に叫ぶことができるのである。



 文字を使って、叫べ。文字は、言葉は、俺が死んだとしてもこの世界に生き残るから。この信念が、俺のモチベーションを高く保ってくれるのである。

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