第12話 霧は晴れて

 起きる、学校での勉学、小説書く、寝るという、文字に起こせば極めて単調な日々が繰り返された。


 小説の執筆に関しては、上々の結果が付いて回った。異世界転生系のファンタジー作品の伸びは微妙であったが、歴史や社会系の情景を込めた小説の伸びは順調であった。先月もランキング上位に食い込んで、毎日数十通の感想の書き込みの知らせがメールに届くようになった。


 俺は、ニヤニヤと不適な笑みを浮かべながら、書き込みへの感謝の返信をして回っていた。



 ペンネーム「人間の犬」というインターネット上での俺は、成功の光を見いだしていた。他方、「羽多 夏輝」としての生活には暗雲が立ち込めていた。



「今日は24日だから……羽田くん。Xに当てはまる数はいくつか、分かる?」


 数学の先生は、俺を指名した。


「4です」


 俺は、小説の下書きをノートに書くことに没頭していた。そのため、訳の分からない数式の解など上の空の彼方。当てずっぽうで、答えを解答した。


「じゃあ、なんで4だと分かったか、説明してくれる?」


——めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!心は、文字を通してそう叫びたがった。


「……分からない?」

「はい」

「オレの話聞いてないもんね」

「申し訳ありません……」


 俺は、適当に謝意を届けて、また小説のノートに描いた世界に飛び込んだ。


「なんだ、あいつ」

「羽田くんって、一年の時の……」

「こんな感じだったっけ?もっとガリ勉のイメージあったけど」


 周囲の学友たちは、俺のことについてヒソヒソと話している。耳には届いていても、小説の内容への集中というフィルターを通せば、どうということはない。


——クラスの学友からの評判よりも、小説の出来栄えの方が肝要である。



 二年生に進級して、成績が悪くなった。数学の先生に呼び出されて「このままだと進級できないっぽいんで、まあ、頑張ってください」と言われる始末。



****


「誰か、羽田くんをグループに入れてくださいません?」


「「「……」」」


 教室には、堪えがたい沈黙が漂っている。当の俺は、小説の下書きの読み直しに没頭している。



 修学旅行の班決めで、俺一人だけが余ったとき、新しい担任の先生には、「自主性を身に付けないといけませんね」と、半ば苦言を呈される。結局、顔も名前も曖昧な男子グループに加入させられて、事を凌いだが。



 小説にのめり込むようになってから、学友たちの顔にかかっていたボヤが、より濃くなったように思える。さらには、彼らの声は水の中で聞いているかのような籠った感じがした。


 名前も、顔も、声も、記憶の中で曖昧で覚えられなかったのが、高校二年生での結果ということだ。



 まあ、小説の方が絶好調だから全然気にしなくて良い!




****



 そうして光陰矢のごとし。俺はなんとか三年生に進級することができた。大学は、数学がないところを絶対に選ぼう。



 俺は、朝早く学校に到着して、昇降口の壁に張られたクラス分けの表を凝視した。名前順の後半に、羽多の文字が。クラスはA組。先生は、なんと一年の時の担任、森下先生だった。


「羽多くん」


「ん」


 俺の喉から、掠れた声がこぼれ落ちた。肩をトントンと軽く叩かれたので、背後へと振り返った。


「えっと・・・」


「覚えてる、羽多くん?早瀬冬紀だよ!一年の時同じCクラスだったでしょ?」


 そこには、見覚えがあるような、無いような、空色のヘアピンを黒髪に挿した女子生徒が立っていた。正直、一年間を置いてしまったから思い出すのに時間を要した。


「ああ、早瀬さん。久しぶり。」


 まごまごしている俺は、ようやく思い出すに至る。そうだ、この早瀬という学友は、中学の時も同じクラスだったか。


「また、同じクラスだね。よろしくね。」


「あ、よろしくお願いします」


 俺は、掠れた声で返答した。早瀬さんはそのまま、隣に居た友人と思しき女子生徒と、昇降口の扉をくぐり、下駄箱へと向かった。丸眼鏡を掛けたその人は、たしか……西園寺と言ったか。早瀬さんとは、音楽の趣味で繋がっているらしい。


「あの人、冬紀ちゃんの友達?」


「うん。中学の頃から同じクラスだったんだ~」


 俺は、我が耳を疑った。去り際の早瀬さんの言葉で、俺は眠気が吹き飛んだようだった。


……早瀬さんは、俺のことを友達だと思っている?



 俺はもう一度、壁に張られたクラス分けの模造紙を凝視した。最初は見逃していたらしいが、俺の「羽多」のすぐ下に、「早瀬」の文字が。


 俺は、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、高校生活最後の時を過ごすであろう教室へと歩みを進めた。三年Aクラスは、校舎で一番高い三階に位置している。階段を昇る足は、かせを付けられたかのように鈍重に感じられた。

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