第五章 闘え、女の子!

五の一

 I.G.A.S.アイガスのCEO室の、無機質な机の上に、五つのアルマブレスレットが並べられていた。


 桃色、青色、黄色、赤色、緑色。


 そして、ガラス窓の前の椅子に深深と座る服部道風はっとり みちかぜの手には紫色の、人の親指ほどの大きさの紫色のアルマクリスタルがあって、それを退屈そうに指でもてあそんでいるのだった。


「不死の力を手に入れて、お兄さまもカシンと同じように、歴史に干渉し続けるおつもりですの?」


 机の向こうに座る兄道風に、服部巴はっとり ともえは訊いた。


 藤林泉水ふじばやし いずみ百地智徳ももち とものりも彼女の後ろにひかえているが、黙ってことのなりゆきを見守っている。


 道風はまるで巴の声が聞こえていないように、椅子のひじ掛けに片方の肘をついて頬杖をついて、もう片方の手で紫のアルマクリスタルをもてあそびつづけている。


 やがて、その赤く薄い唇から、


「不死の力か」


 失笑するように言った。


「人の魂をアルマの霊体とすることで永遠の命を得る、のだったか。不死になったところでどのような意味があるのだろう。考えたことはないか。花神恭之介かしん きょうのすけという男は、理想家であった。どこまでも理想家であった。理想家であったがゆえに、みずからの理想の実現のために不死の力を得たという。だが不死になることで理想は実現できたか。四百年経っても理想を実現できぬのに、不死になった意味はあったのか?」


「さあ」


「人を不死にするほどの力が、この六つのクリスタルにあるのならば、それほどの力を理想などのために使うのは、しいだろう」


 道風はそう言うと、紫のクリスタルをかるく頭上に放り投げた。


 それにつられるようにして、残りのクリスタル(ブレスレットにはまったままであったが)が浮かびあがる。


 六つのクリスタルは共鳴するように光を放ち、座った道風の頭上を円を描くようにして回転しはじめた。


 巴たち三人は、あとじさり、部屋のすみへと移動した。


 六つのクリスタルはそれぞれの色でまばゆく輝き、三人は目を細めてそれをみつめた。


 やがて光は混じりあい、真っ白の光となり、道風の全身をつつんだ。


 数十秒、その光は輝きつづけた。


 やがて、その光が収束し、六つのクリスタルは、ばらばらと床に落ちてころがった。


「ずいぶん、あっさりとしたものだな」


 道風が、自分の手を見ながら言った。


 自分でも、劇的な変化があったようすではないようだった。


「あなたは、何のために、その力をお使いになられるのですか?」巴が近づいて訊いた。


「人類の滅亡」


「…………」


「くだらない人間などという生物を、この世界から消滅させるのさ」


「もし、それが冗談でないのなら、私たちはあなたをとめなくてはなりません」


「冗談に聞こえたのなら、心外だな」


「ならば、そのお命、いただきます」


「私が力を手に入れる前に、そうすべきだったな。ことが起きる前にそれを察して、私を排除できなかったのは、お前の甘さだ」


 三人が、道風を囲んで、いつ戦闘が開始されてもいいように構える。


 道風が椅子から立ちあがる。


 その体は、いままでとまったく変わらないのに、なにか言い知れぬ畏怖を、三人にあたえるのであった。




 そして、ほんの一分と少し。


 三人の戦士は横たわり、苦痛にうめき、たったひとり、道風のみがその部屋にたたずんでいた。


 立っている男は、無惨にころがる三人を見ようともしない。


 その目は、外界を見おろしていた。


 三百メートルの上空から、地上にうごめく蟻のような生き物を、今から絶滅させるのだと思うと、その喜びに体がふるえるような心持ちであった。


 だが、ほとんどなすすべなく倒された三人は、ただはいつくばっているだけではなかった。


 服部巴の手には黄色いアルマブレスレットが、藤林泉水の手には桃色の、百地智徳の手には青色のブレスレットが握られていた。


「けっきょく、生徒に後事をたくすなんて、教師失格だわ」


 巴が手にしたブレスレットを見つめ、苦笑した。


「行け、飛んでいけ、ほんとうの持ち主のところへ」


 そうして巴が念じる自分のアルマをブレスレットに込めると、アルマブレスレットが黄色く輝いた。


 泉水と智徳も念じ、みずからのアルマを送り込んだのだろう、桃色と青色の光がブレスレットをつつんだ。


 と、三つのアルマブレスレットが輝きながら、宙に浮きあがる。


 やがて、ふっと瞬間移動でもしたように、その姿が掻き消えたのだった。


 それに気づいた道風が、やっと振り返り、三人を見つめた。


「無駄なあがきだ」


 どこまでも冷酷な光のにじんだ目で、三人を見つめるのだった。

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