第四章 挑戦!戦士たち

四の一

 名津岐なつき市の、その名を冠する駅の眼前に立つ、高さ三百メートルのI.G.A.S.アイガスビルの最上階にあるCEO室は、十メートル四方の空間の一面ガラス張りの窓の前に、ポツンと机が置かれているだけの、虚無を感じさせる空間であった。


 服部巴はっとり ともえは、兄がCEOに就任してからしつらえたこの不気味な空間にいると、不安で落ち着かない気分にさいなまれるのだった。


「それで」


 と服部道風はっとり みちかぜは椅子に深深と座って足を組んで、机の前に立っている巴を見下すような視線で言う。


「進捗はどうだ」


「はい」と巴は答える。「赤と緑のアルマクリスタルには、すでに充分なアルマエネルギーが蓄積されています」


「それで」


「あとは、これまでどおり、藤林あぐりたちの監視を続けます」


「ふふふ」


「は?」


「なに、妹の、あまりの気の回らなさに笑っただけさ」


「…………」


「赤と緑のクリスタルの準備が整った以上、あとは残りのクリスタルを手に入れるだけではないか」


「それはそうですが」


「なにかためらう理由でもあるのか?」


「いえ、まったく」


「ならば、行動あるのみだな」


「わけを教えてください」


「なんのかな?」


「五つのアルマクリスタルを手に入れて、お兄様がなさろうとしていることを」


「お前に話すことで、状況が進展する材料になるのか?」


「少なくとも、我我は納得して任務にあたることができます」


「必要あるのかな?」


「この会社の永遠の存続のために、不死の能力が欲しいのですか?」


「私が肯定することで、お前が納得できるのなら、そうだと言っておこう」


 巴は、机の向こうにいる兄の、銀色をした長い髪の、白い肌に刃物のような鋭い目と尖った鼻と薄い唇をもつ顔を、じっと見つめた。


「可能な限り早急にアルマクリスタルを入手してまいります」


 期待しているとも、がんばれとも兄は言わない。


 ただ、わずかにうなずいて、道風は目を閉じた。


 巴はCEO室を出て、秘書室を通り抜け、廊下へと足を踏み出す。


 そこに、手持ちぶさたそうに待っていた百地智徳ももち とものり藤林泉水ふじばやし いずみに目配せすると、三人並んで廊下を歩く。


「で、どうだった」智徳が訊く。


「どうだったもなにも、アルマクリスタルを手に入れろと命令されただけよ」


「穏健派の筆頭だった人が、CEOの座に就いたとたんに急進派に早変わり。ついていけんのは俺だけか?」


「あの人は、昔から何を考えているのかわからない人だったけど、最近はもう機械のように無機質で、妹の私でも思考回路を解析できないわ」


「嫌いだと言っているように聞こえるな」


「少なくとも、好きだったことは、生まれてこのかた一瞬たりともない」


「じゃ、この任務やめるか?」


「やめてしまいましょう、と言えないのが会社員のつらいところね。決行は明日」


「ずいぶん性急だな」ずっと黙ったままだった泉水がつぶやいた。


「嫌なことは、さっさと終わらせちゃいましょう。もう修学旅行の準備もはじめなくちゃいけないしね」


「おいおい、教師の仕事は出向あつかいじゃないのか。骨の髄まで教師生活に染まってるな」智徳があきれる。


「修学旅行を前にして、生徒達を奈落の底に突き落とすんだから、教師としては、失格でしょうね」

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