第三章 恋とうっちゃり
三の一
なにか気落ちしたように、首をたれて、足元をみながら。
百八十八センチ、体重百二十キロの巨体がうなだれている姿は、さながら何日も食事をせずにエサを探して町なかに迷い出た熊といったところであろうか。
夕焼け空の下、赤く彩られた校舎の前を、クラブ活動終わりに帰る生徒たちはみな急ぎ足で、仲間とお喋りしたり笑いあったりしながら、大原を追い抜いていく。
大原は、あまりの体の疲労にたえかねて、グラウンドを見おろすの芝生のはえた斜面に腰をおろした。
いつもの数倍も重く感じる通学カバンを、なげだすようにわきに置く。
今日も、先輩たちや同級生に、ひどくしごかれた。
四股、すり足、テッポウをひたすらやらされ、ぶつかり稽古では下級生にすら投げ飛ばされた。何度も、何度も。
罵詈雑言の嵐をあびせられ、自分の才能のなさをひたすら痛感する日日だった。
体の大きさだけを見込まれて、入学式の直後に相撲部にスカウトされて、入ってみればこんなものだった。
一年半も、唇を噛んで耐えに耐えた自分を褒めてやりたいくらいだ。
「だめだ、僕なんて」
いつ退部届をだそうか、明日にしようか、もうちょっと様子をみようか。
最近ではそんなことばかり考えている。
「どうしたの、ひとりで黄昏ちゃって」
声にふと顔をあげると、のぞきこむようにして、同じクラスの
「ひっ」
大原は思わず声をあげた。
憧れの女の子が、目の前に、しかも息がかかるほど間近にいるのだった。
西洋の血が混じった整った顔、大きな目の青い瞳、ツンと尖った鼻、白い肌、ポニーテールにしたブロンドの髪、かすかに笑うふっくらとした唇、そして、えもいわれぬ甘やかなにおいが、鼻をくすぐる。
小町は彼の隣に並んですわって、サッカー部員がグラウンドの整備をしている光景を眺めながら、
「別段、美しい景色でもないわねえ」
そんなことを言うのだった。
なぜ彼女が自分の隣に座っているのか、まるでわからず、ただ大原はとまどう。
「私ね、相撲って大好きなの。大相撲もかかさず観てるのよ。大きな体の人が土俵の上で力いっぱい闘うのってなんか素敵。でも、強いだけじゃだめよね。対戦相手に対する敬意と品位を持っていない力士は嫌いよ」
「そ、そうなの」
「相撲部、楽しい?」
「え、ううん」
「いっぱいしごかれてヘトヘトです、っていう声音ね」
「うん、もう限界かな」
「おしいな、そんないい体してるのに」
「ダメだよ、僕なんて、大きいだけで」
「大きいだけ、結構じゃないの」
「え?」
「体力や技術はいくらでもこれから身につけられる。けど、体の大きさは立派な才能よ」
「…………」この子、このあときっとあれを言うに違いない、と大原は思う。
「あきらめたら、そこで試合終了よ」
やっぱり言った。
と、小町が大原の胸に手を当てた、と思ったら、もみもみと、指をにぎったりひらいたりする。
「うふん」変な吐息が大原の口から漏れた。
「肉づきがいいのに、張りがあって垂れていない。基礎練習をしっかり繰り返している証拠ね」小町がにこやかに笑った。
「う、そうだろうか」
「そうよ。今度の
「うん、人数合わせだけどね」
「試合当日は見学に行くから。応援してるね。絶対がんばってね」
そう言って、小町は立ち上がると、お尻に付いた埃を払って、
「じゃあね」と手を振って去って行った。
大原はその背中をじっと見送った。
後ろからでもわかるほどの、大きな胸、形のいいお尻、引き締まったモモ……。
思わず、鼻の下が伸びているのに気づき、あわてて顔を引きしめる。
――応援してるね。絶対がんばってね。
その優しい声が、いつまでも耳の奥に、残っていた。
真っ赤な夕日が、なぜか目にしみて、涙腺を刺激するのだった。
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