一の四

「な、なんじゃい、この軟弱極まる体は!」杉谷に憑りついた善珠が言った。


「最近の子は、贅沢三昧、怠け放題だからねえ」アオイも同意するように言った。あぐりの体をほぐすように手足を動かしながら。


「殴ったり蹴られたりしたら、すぐ骨が折れそうだよ。こんな体で闘えるか、っつうの」


「いや、カシンは杉谷くんに憑依して闘ったけど、けっこう強かったわよ」


「カシン?日下蠡毅くさか れいきのことかい?」


「そうよ」


「あんたら、ふたりそろって生き霊になってんのかい。仲のいいこったな」


「そんなんじゃないわよ。私なんてなりたくてなったんじゃないんだから」


「いやこの体は無理だ、我が子孫ながら、はずかしいわ」


「そんなこと言ったって、そっちは残りふたりの男の子しかいないわよ」


「ゼニヤスとトロハチの子孫かい?ゼニヤスの子孫は貧弱すぎて問題外。トロハチの子孫のほうは相撲やってて図体はでかいけど、それだけだね。ダメだ」


「じゃあ、どうすんのよ」


 辺りを見回した、杉谷の善珠は、


「いいのがいるじゃないか」


 ニヤリ、ひとりの人物に目をとめた。


 その視線を感じた、凪子は、


「え、私?いえ、ダメですよ、闘えませんよ」


「そうかなあ、清花さんがとり憑いてた時、結構闘えていたじゃないの」


「え、なに言ってんですか、アオイさん」


「じゃ、その体、貸してもらうよ」


 杉谷の体を抜け出した善珠の霊が、凪子に向かう。


「いや、やめて~ぇぇぇ」


 凪子の叫声をかきわけるように、すぽんっ、と霊魂が体へと侵入した。


「自分の憑依体質がうらめしい~!」


 凪子の嘆きもむなしく、その体は、たちまち善珠に支配されていく。


「おほ、いいねえ、私の霊魂と相性バツグンじゃないのさ」


 善珠は乗っ取った凪子の体で何度か跳んだり、腕を回したりした。


 凪子は、白のブラウスに、ワインレッドのスカートの夏用制服姿で、善珠は、スカートの中が見えるのも気にせず跳ねるものだから、ひらひらするスカートからパンツがみえかくれするのだった。


「なんか、本当すみません、うちのご先祖が無茶ばっかりして」


 杉谷くんは、しんそこ申し訳なさそうである。


祐也ゆうや!」と善珠は多喜の名を呼んだ。


「へい、アネゴ!」多喜君はもうすでに子分になりきってしまっている。


 多喜は背中の細長い袋をおろし、中から取り出したのは、H&K PSG-1ライフル銃であった。


 もちろん、BB弾を射出する電動モデルガンである。


「汚いわね、武器使うの!?」問うアオイに、


「私の得物えものが銃だったのは、四百年前から知ってるだろう」


「じゃあ、その玩具の銃の弾が私に当たったら、あなたの勝ち。一発でもあなたを殴ったり蹴ったりできたら、私の勝ちでいいわね」


「いいよぅ。じゃ、ちょっと試し撃ちするわね」


 言うやいなや、善珠が引き金を引いた。


 ズドーンッ!


 凄まじい轟音と炸裂する閃光とともに、ビームのような弾丸が虚空を駈け、二十メートル向こうの公園の端にあるスギの幹に命中。


 ぎしぎしと音をたてながら、七、八メートルほどのスギの木がばたりと倒れた。


「いいいいいいっ!?」さすがにアオイは驚きを隠せない。


〈いやいやいや、あんなの当たったら、私ジエンドだから!〉体を支配するアオイに向けて、あぐりが叫ぶ。


「ちょ、ちょっと、なんなのそれ!?」アオイが血相変えて言うのへ、


「なにって、BB弾って言うんだろ」善珠がしれっとした顔で答える。


「いや玩具の弾じゃないから、いまの」


「そう驚くなよ。玩具の弾に霊気を込めて発射しただけじゃないの」


「なんでそんな芸当ができるのよ!」


「ダテに四百年、お化けでいたわけじゃないのよ」


「ううううう」


 さすがのアオイも困惑した。


「そ、そんなの当たったら、この体じゃ、命を落としちゃうわ」


「当たんなきゃいいじゃないのさ」


「ちょっと待ちなさい」としばらく思案してアオイは、「そうだ、変身すればたぶんたいしたダメージにはならないわね。変身するから、ちょっと待って」


〈ままま、待ってよ、アオイさん。ここで変身なんてしたら、杉谷くんたちに私がアルマイヤーだってバレちゃうじゃないの!〉


「大丈夫よ、あの子たち、たぶん最初っから知ってるから。そうでしょっ?」


 問われて杉谷、多喜、大原の三人は、そろって首を縦に振った。


「大丈夫、僕たち、アルマイヤーの正体は絶対にばらさないから」と、杉谷が答える。


「変身ヒロインのお約束は守るっ」多喜がなぜか胸を張る。


「それがオタクの心意気っ」大原がなぜか自慢げに言う。


〈どうりで犬のアオイさんが喋っても驚かないはずだわ。え、ちょっと待って、それじゃあなに、あの時、私にエッチなことしたのも覚えてるんじゃないの、あの三人?〉


「さあ、そこまでは知らないけど」知ったことじゃないとでも言いたげなアオイである。


〈ひええええええっ〉


「じゃ、変身するわよ。アルマイヤー、トランスポーテーション!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る