四の六

 巴の両手から伸びる、針金をねじりあわせた、いわばワイヤーロープの鞭が、変幻自在に跳ねまわり、小町はそれをよけるだけで精いっぱいであった。


 鞭はアルマの力で操っているのだろう、ヒュンヒュンと空気を引き裂いて的確に小町を狙って襲撃する。


 一本の鞭が巴の手元に戻ったと思えば、もう一本が小町の胴を薙ぐように攻めてくる。


 手ではらいのけたり、防御しようとすれば、鞭は腕にからみついて小町の動きは封じられてしまうだろう。


 自然、回避に専念せざるをえなくなる。


「どうしたの?達者なお口が、負ける前から閉じてしまっているわよ」


 巴の嘲弄が小町の耳を打つ。


 だが、鞭をよけつつも小町は、手をこまぬいていたわけではない。


 攻撃に夢中になっている巴の後背の空中に、人の背丈ほどの長さの岩のつららが出現した。


 つららがに、死角から巴に向けて落下する。


 巴は、振り返りもせずに、手元に戻したワイヤー鞭を頭上で数回転させ、つららを微塵に打ち砕く。


「くっ」小町が歯噛みした。


「いつ攻撃してくるかと待ちかまえている相手に、いくら死角からでも襲撃は無意味よ」


 ふたたび巴は攻撃に転じる。


 が、その一瞬の隙をついて、さらに上空に作られていた数本の岩つららが、巴の脳天目がけて殺到するように落下してくる。


 その気配をさっした巴は、岩つららをよけ、よけきれないものは鞭で砕き、またよける。


 打ち砕かれた岩つららによって、たちまち辺りは粉塵でつつまれた。


 視界を奪った塵のなか、巴の背後に回った小町が、巴の首筋めがけて、回転しつつ手刀をふるった。


 巴の体が、沈む。


 手刀をよけた巴は、鞭を小町の胴にからみつかせた。


 そうしてそのままハンマー投げのように体を回転させ、小町を遠心力で振り回すと、勢いのまま地面に叩きつけた。


「うっ」


 小町は苦痛の悲鳴をあげた。


 悲鳴をあげた時には、さらに振り回される。


 そして、また地面に叩きつけられる。


 数回、振り回され、叩きつけられた。


 そうして、なんどめかの衝撃ののち、小町は動くのをやめた。


「観念したようね」


 小町が戦意を喪失したと見た巴は、鞭を解き、ぐったりと横たわる小町に近づく。


「ずいぶんと、あっけないものね」


 小町の左腕にはめられたアルマブレスレットに手を伸ばす。


 と、小町が跳ねた。


 巴の首筋めがけて手刀が走る。


 が、その奇襲を察していたようすの巴は、軽軽と手刀を受け止め、腕をねじり揚げ、小町を地面に投げ倒す。


 すぐさま靴底で小町の胸を踏みつける。


「あんまり大人をなめるんじゃないわよ!」


「ぐはっ」


 巴の体重が靴底に集中し、ぎりぎりと、小町の胸を押しつぶさんとする。


「あんたたちが強いのは、三人がそろったときだけよ。ひとりひとり分断して相手すれば、各個に撃破することなど、たやすい」


 巴が、ひきつったような笑みを頬に浮かべた。


「広い世間を知らず、ちっぽけな世界で生きるなかで身につけた、ちっぽけな正義感を振りかざして、調子に乗ってるんじゃない、小娘!」


 胸を圧迫していた足を離すと、次の瞬間に、小町の脇腹をしたたかに蹴り飛ばした。


 またたくまに、息が詰まり、小町の意識は喪失した。




 戦意を失ったあぐりは、変身がとけ、もとのセーラー服姿に戻り、乾いた草の上にうつぶせに身を横たえていた。


 その左腕から、泉水がブレスレットを抜き取って立ち上がった。


「どうして、どうしてなの、おにいちゃん……」


 あぐりは、こみあげてくる涙と嗚咽を我慢しきれなかった。


 その姿を冷淡な眼差しで見おろし、何も言わずに背をむけると、泉水は去っていく。


 その後ろ姿を見つめながら、あぐりは泣いた。


 涙で景色はくもり、大好きだった男の背中が風景とにじんでも、彼を見続けて泣いていた。

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