天煌装忍アルマイヤーF(第二部)

優木悠

序章 新たなる敵

序の一

 春原はるはら市のメインストリートたる国道の、スターワックスコーヒー店の最奥の四人掛けの席に、三人の男女が座り、コーヒーを飲みながら雑談している。


 いや、額を寄せ合うでもなく、声をひそめるでもなくしているその会話は、雑談というにはいささか遠く、陰湿さをはらんだ談話であった。


「どう、準備はもうすんでる?」


 男ふたりを前にして座った女が言った。


「明日にそなえて今日ははやく寝ようと思っていたのに、呼び出されるわ、コーヒー飲まされるわ、眠れずに初出勤に遅刻したら、あんたは責任とってくれるのか?」


 がたいのいい男が言った。

 身長は百九十センチはあるだろうか。

 隆隆と盛り上がる筋肉は、彼の着たTシャツをパツパツに引き延ばしてしまっている。


「あんた、図体はでかいのに、気が小さいのねえ、智徳とものり君」


「君づけするな」


泉水いずみ君を見習いなさいよ。泰然自若、沈思黙考、黙ってコーヒーすすって、色男を引き立たせているわ」


 泉水と呼ばれた黒いサマージャケットの男は、ちっと舌打ちすると、横を向いた。


「あいかわらず愛想がないわね。褒めてあげたんだから、ちょっとはうれしそうな顔をしなさいよ」


 泉水はそっぽを向いた姿勢のまま、コーヒーをひと口飲んだ。


「しかし、会社の上層部も何を考えているのかね」智徳が溜め息をついた。「小娘三人を監視するだけならまだしも、持っているアルマクリスタルを奪えなぞ、まともな会社の出す命令じゃないぞ」


「あんた、I.G.A.S.アイガスがまともな会社だと思ってたの?図体がでかいくせに思考パターンが甘いわねえ」


「図体は関係なかろうが」


「本来は、カシンの復活を待って接触し、協力体制に持ち込みたかったんだけど、その肝心なカシンが、まさかまさかで、二度も小娘に敗北をきっしちゃったんだから、周章狼狽した上層部はやむなく強硬手段に打って出る気になったんでしょうね」


「俺は嫌だぜ、小娘の持ち物をかっぱらうなんて」


「当たり前よ、良識を欠いた命令なんぞを着実に遂行するつもりはないわ。そんな、こそ泥みたいな真似、できますかって」


「じゃあどうする」


「そうねえ。まずは、時間稼ぎに赤と緑のアルマクリスタルを利用するわ」


「あの、楯岡たておか家の別荘の地下から掘り出したヤツか?」


「そうよ。あのふたつは、カシンを復活させるために、アルマエナジーがずいぶん減少してしまっているのよ。そのふたつに、まずはエナジーをためる」


「どうやって?」


「今現在、この辺りじゃ、カシンの粉砕されたアルマがあちこちに散らばって、人の悪意をあおって、悪行の数数を重ねている。その悪落ちした人を、彼女たちが倒したら、またアルマが散らばるわけ。その散らばりでたアルマを、赤と緑のクリスタルに吸収させるのよ」


「面倒くせえなあ。俺達が悪落ちをぶっ飛ばしてアルマを奪ったほうがはやいだろう」


「もちろん、それもやるのよ」


「マジかい。どんだけこき使うつもりだよ」


「過労で倒れるまでよ」


「ブラック企業だな、おい」


「話はわかるがな」泉水が重い口を開いた。「それでどうして俺達までが、あんたの出向している高校に教師として入り込まなくてはならんのだ」


「あんた、それが嫌でふてくされているのね」


「当たり前だ。ガキどもの前で教壇に立って教えるなど、吐き気がする」


「ははん、恥ずかしいんだ」


「恥ずかしくはない」


「まあ、それは彼女達を監視するのに手助けしてほしかったのよ、私が」


「創業者一族の特権乱用しまくりだな」智徳が唾を吐きそうな顔をした。


「ま、たまには学園ドラマごっこも楽しいわよ」


「へいへい、命令には従いますよ、服部はっとり少佐」


 不満たらたら答えた智徳を無視して、服部は何かを見つけたように、店のカウンターのほうを凝視している。


「あのガキども。まあいいわ、打ち合わせはここまで。私は熱血教師に戻るわ」


 そう言って赤ブチ眼鏡を指で位置をなおして立ちあがると、服部はカウンターのほうへと急ぎ足に歩いて行った。


「ちょっと、あんたたち、何やってるの?」


 服部はカウンターで注文し終えたばかりの少女ふたりに声をかけた。


 その彼女達の着る制服は、服部の勤める私立春野ヶ丘はるのがおか高等学校のものであった。


「げ、服部?」


「教師を呼び捨てにするなんて、度胸あるじゃないの」


「すみませーん」


「今何時だと思ってるの。もう九時過ぎてるのよ。買ったものはしかたないから、テイクアウトにして、このまま家に帰って食べなさい」


「はーい」


 服部はそのまま女子高生ふたりに付き添って、彼女達が自転車にまたがって帰路につくまで見送った。


「教師も楽じゃないなあ」


 近づいて来た智徳があきれたように言った。


「そうよ。中学校から真ん中の成績で、高校に入っても真ん中の成績で、卒業したら手ごろな大学や専門学校に適当に進学する、ごく普通の少年少女達が、これからの敵なのよ。半分真面目で半分不真面目な、可もなく不可もなく、つかみどころもない子供達の面倒臭さを味わいなさい」


 そう言って服部は振り返って、ふたりの男を見やった。


藤林ふじばやし大尉、百地ももち大尉、諸君の健闘を祈る」

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