四の四

 こがね色に稲穂が染まりつつある田園風景は、丸衣川を渡ったところでとぎれ、視界は急に住宅街の人工的な風景に覆われて、音羽小町おとわ こまちは家家の間の狭い道を、自分の住むアパートに向かって歩いた。


 そんなごみごみした住宅街の端にもひらけた場所があって、何かの工場だったのが撤退して、建物を解体したあとの空き地がずっと放置してあったのだった。


 その雑草のちらほらと背をのばす五十メートル四方ほどの空き地の脇の道を、向こうから黒いスーツ姿の女が歩いてくる。


 この辺ではあまり見かけないような格好の女で、長いワンレングスの髪を片方だけたらして、赤いフチの眼鏡をかけていた。


 なかなか颯爽としたものだ。


 はて、どこかで見たような女の人だ、と小町が思いつつ歩いているうちに、ふたりの距離はずっとちぢまって――、


「あら、服部先生?」


 小町の問いに、スーツ姿の服部巴先生は立ち止まってにっと笑って答えた。


「ずいぶん遅かったじゃないの。アパートまで行って待ってたのに、全然帰ってこないから、迎えにきちゃったじゃないの。クラブ活動もしていないんだから、授業が終わったら、道草してないでさっさと帰宅しなさい」


「無理に教師としての体裁をつくろわなくってもいいじゃないですか。私に個人的な用事があってきたのでしょう?」


「さっしのいいこと。そうねえ、単刀直入に言わせてもらうわ。そのアルマブレスレットをゆずってほしいの」


「ふふふ、やっと本性をあらわしましたね、服部先生」


「その口ぶり。はなっから私のことを警戒していたようね」


「そりゃあ、おかしいと思ってとうぜんよ」小町は不敵な笑みを口の端に浮かべた。「昔、父親の研究室で助手をしていた人が、転校してきた学校で教師をしていた。しかも担任として。そんな偶然どれくらいの確率かしら。おかしいと思わないほうがおかしいわ」


「お父上譲りで、頭がいいとは思っていたけど、よく十何年も前のこと覚えていたわね」


「物心つくのが早かったですから。しかも記憶力もいいし」


「じゃあその、明晰な頭脳でちょっと考えてもらうわ。I.G.A.S.という組織のためにそのブレスレットが必要なの。I.G.A.S.、知っているでしょう?」


「アイガス。世界を股に掛ける巨大民間軍事会社。日本では軍事会社としてよりも、人材派遣会社としての性質を強く打ち出して、業界トップの地位を確立している。くわえて、かつては亡父の研究所の資金援助もしていた」


「そんな大企業を相手に、個人がどれほどあらがったところで、指先でダニのように潰されるのが末路だとわかるでしょう。だから、おとなしく、その左腕のブレスレットを渡してほしいわけ」


「丁重におことわりします」


「あらあら、頭はいいのに、損得勘定はできないみたいね」


「じゃあ、どうしますか、私をうちのめして奪い取りますか?」


「そうね、そうさせてもらいましょう」


 そう言って、服部は顎をしゃくって、空き地のほうへ踏み込んでいった。


 小町もそのあとに続いていく。


 そして、服部が空き地のなかばまで達したとき、小町は小さくつぶやいた。


「アルマイヤー、トランスポーテーション」


 変身が終わるやいなや、小町は服部の背中にむけて跳び、手刀を振り下ろした。


 白刃のような手のひらが、空気を引き裂いて、服部の背に襲いかかる。


 が、服部はそれをさっしていたように、振り返りもせずに体をかたむけて攻撃を避け、振り下ろした小町の腕を小脇にかかえるようにして動きをとめてから、顔だけちょっと振り向いて、


「この卑怯さ……。うちの会社にスカウトしたいくらいだわ」


「丁重におことわりします」


「ふふふ、いつまでその高慢な口をひらいていられるか、みものだわ。奇襲は一撃勝負。初撃が通じなかった以上、あなたの敗北は確定しているのよ」

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