五の五

「あの」とあぐりが意を決したように訊いた。「先生たちはどこにいるんですか?」


「先生?」銀髪の男はちょっと考えて、「巴たちのことか。それなら、心配する必要なはい。今医務室で眠っているだろう。もっとも、数時間後にはどうなっているかわからないがな」


「先生たちを傷つけたのはあなたですね?」


「ああ、しかたがなかったんだ。私の成し遂げんとする理想の邪魔しようとするものだからな」


「理想?」


「そう。お前たちのアルマクリスタルで手に入れた力だ。あながち、お前たちとも無関係というわけでもない。教えてやろう」


 そう言って、銀髪の男、道風は左手をすっと顔の前に持っていった。


 その手のひらの上に、卓球の球ほどの大きさの黒い球体がうごめくように脈動している。


「これは何だと思う?」


「…………」


「ブラックホールさ」


「!?」


「まだアルマの力で抑え込んでいるが、今からこれを解き放つ。ブラックホールは上空へとのぼり、成層圏に達する頃にはアルマの檻から解放される。解放されると、どんどんと膨張をつづけ、やがてはこの地球ごと飲み込むほどに成長するだろう」


「な……っ!?そんなものが、あなたの理想ですか?」


「人類などという薄汚い生物は、この宇宙から抹消する。これは、宇宙意思である」


「いかれてるぜ」紫が唇を噛んだ。


「人間という生き物の存在こそが、いかれているのだ」


「そんな愚行、私たちがとめてみせるわ」小町が言った。


「そう、巴たちと闘い、ブラックホールを形成するのにアルマエネルギーを多量に使用した今の私なら、非力なお前たちでも倒せるかもしれんぞ。だがな」


 道風の手のひらから、黒い球が上へとゆっくりとのぼっていく。


「このブラックホールはとめられん」


 ブラックホールは速度を急激にあげ、天井をつらぬいて夜空へと飛んでいった。


「とめてみせます、私たちの全身全霊の力で!」あぐりが力強く宣言した。


「やってみよ、この私を倒せればな」


 道風が立ちあがった。


 白い、コート状の服の裾が、ひらひらとたなびいた。


 あぐりが真っ先に道風に突っ込む。


 めいっぱいの力を込めたパンチを繰り出す。


 だが、軽くかわされ、ほうきで払われる木の葉のように、足先で払いとばされた。


 続いて紫が飛び蹴りで突撃した。


 道風は脚をつかむと、床に紫を叩きつける。


 背後に回った小町が、道風の脳天めがけて手刀を入れる。


 その標的たる頭蓋は、ふっと残像を残して消え、手のひらは空を切る。


 あっと小町が思った時には、腹部にしたたかに膝蹴りを入れられ、天井へ叩きつけられていた。


「ここでは狭かろう」


 言うと道風は手のひらを天に向け、アルマの弾丸を発射した。


 天井が砕け散り、五メートルほどもある大きな穴があいた。


 道風はふわりと浮きあがり、屋上へと移動した。


 三人もジャンプして彼を追う。


 さらに飛びあがり、屋上の中ほどにあるヘリポートへと降りたった道風に、追いついたあぐりがパンチの連打を浴びせかける。


 道風は両手で、しかし軽くあぐりの拳をいなし、隙をみつけて蹴り飛ばす。


「くらえ、ブルーインパルス!」


 離れた位置から、紫が必殺技を放った。


 青い渦を巻くようなアルマの弾丸が放たれる。


 凄まじい威力のアルマの塊であるが、道風はなんなく手ではじきとばす。


「連打!」


 紫がつぎつぎにブルーインパルスを放つ。


 残像を描く手から、青いアルマの塊が、間断なく発射される。


 次次と、余裕の笑みを浮かべて弾丸をはじきとばしていく道風であった。


 が、その頭上に岩で形成されたつららが浮かび上がる。


 小町の放った岩つららが、道風に向けて落下する。


 つららが、道風に命中する、と思われた瞬間、道風は、横っ飛びに飛んでかわしてしまった。


 それを追って、ブルーインパルスが放たれ続ける。


 同時に、岩つららも、続続と落下してくる。


 両手でブルーインパルス弾をはじきながら、道風はつららを跳んでかわす。


 追撃されるブルーインパルス。


 はじく道風。


 落下してくる岩つらら。


 よける道風。


 キリがないほど続けても、いっこうに、道風に攻撃はとどかない。


「アルマ忍法、の鳥!」


 巨鳥のような薄紅色のアルマに包まれたあぐりが、道風に突撃した。


 それを、正面から食らった道風であった。


 だが、焼けるようなアルマエネルギーに包まれたあぐりの両肩をつかんで、


「きかんな」


 そう言って、あぐりをヘリポートの床に叩きつけた。


 紫が拳にアルマをまとわせて、飛びかかる。


 道風は、蹴り飛ばす。


 小町が後背から独楽のように回転しつつ、手刀で薙ぐ。


 道風は、小町の脳天にかかと落としを入れる。


 三人の少女は、瞬く間に、強敵のまわりに、あるいは伏し、あるいははいつくばっていた。

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