五の六

 見上げれば、上空遥か彼方には、巨大な暗黒の穴があいている。


 ブラックホールを穴と呼んでいいのかどうかは、あぐりにはわからない。


 ただそれは、空にあいた、あらゆるものを地獄に引きずり込む深淵なる穴のように、あぐりには思えるのだ。


 穴の周囲の空間がゆがんでみえるのは、すでに、ブラックホールが、その近くに存在する物質を、光を、飲み込んでいっているからであろう。


 ここから見える大きさはすでに月と同等かそれ以上か。


 道風のさきの解説からさっすれば、すでに成層圏よりも高い位置に穴はあるはずなのに、地上三百メートルからこのサイズにみえるということは、とんでもないスピードでその直径を膨張させていることになる。


 地表の人人が、いや、地球そのものがブラックホールに飲み込まれるまで、さほどの時間はないようだ。


「負けない!」


 あぐりが跳ねるように起き上がる。


「世界のみんなの幸せを守るために!」


「幸せ……、幸せだと?」道風が穢れたものを飲み込んだように顔をしかめた。「幸せを味わうものたちは、みな、他者をふみにじって、幸せを手に入れているのだぞ」


「そんなゆがんだ考えのあなたを、絶対に倒す!」


 あぐりの声にうながされ、紫と小町も、発奮して立ちあがる。


「ふん、人の真の醜さをしらぬ、世間知らずの小娘どもが」


 唾を吐くように言って、道風が両腕をひろげる。


「もう、手加減などはせんぞ。ひと息に消滅させてやる!」


 そうして胸の前で手のひらを向かい合わせる。


 手のひらと手のひらの間に、人の拳ほどの大きさの黒い何かが発生した。


 それに向かって、あぐりたちは引き寄せられるような感覚に陥った。


 いや、実際に引き寄せられている。


「あれは、ブラックホール!?」


 小町の読みは正しいだろう。


「はっ」


 道風が、その小ブラックホールを、あぐりに向けて投げつける。


 とっさにあぐりは避けた。


 ブラックホールの弾丸は、あぐりの背後にあった給水タンクに穴をあけ、さらに飛んでいき、やがて消滅して消えたようだ。


「このような簡易的な、小さな質量のブラックホールなら、いくらでも作れるぞ」


 話しながらも、道風は手のひらに、拳サイズのブラックホールを発生させた。


 発生させるたとたんに、それを投げつける。


 あぐりに、紫に、小町に、ブラックホール弾が次次に襲いかかる。


 三人は、避ける。


 避けつつアルマのバリアを張って、吸い込まれそうになるのを防御しなくてはならない。


 ただかわしているだけでは、体がブラックホール弾に引きよせられてしまうのだ。


 気力、体力、そしてアルマ力の消耗が凄まじい。


 だが、道風の小ブラックホール攻撃はやまない。


 もう、手のひらではなく、彼の周囲に多数の小ブラックホールを発生させ、それを撃ちだしてくる。


「こんにゃろ!」


 紫がなかばやけになって、アルマ弾を襲い来るブラックホールに向けて発射した。


 と、ブラックホールはアルマ弾を吸い込むと思いきや、互いに衝突して消滅するのだった。


「アルマエネルギーは、いわば霊力だから、ブラックホールの引力には影響されないってことかしら。それとも、アルマで作った疑似ブラックホールだから、アルマでふせいだり潰したりすることができる、とも考えられる」小町がつぶやいた。


 なんにせよ、今まで反射的にアルマバリアでブラックホールの引力から身を守ってきたが、意外と効力があったことに、三人は気がついた。


「別段、お前たちの命を奪うのに、ブラックホールである必要なないのだがな」道風がほくそえむ。


「そんなものを形成させる時間をそう簡単にあたえると思っているの?」


 言いつつ、小町が道風に飛び込んだ。


 パンチ、チョップ、回し蹴りと、つぎつぎに技を繰り出す。


 道風は防戦いっぽうになってきた。


 敵に大技を出す隙をあたえない、小町の策であった。


 さらに、あぐりと紫も攻撃にくわわり、入れかわり立ちかわり、攻撃の手をやすめない。


 しかも、道風は確実に疲労が蓄積していた。


 巴たち三人の戦士たちと闘い、大質量のブラックホールを生成し、さらに、小さいとはいえ多数のブラックホールを作った。


 その疲労であった。

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