二の六

 同じ体型をして、同じコスチュームに身を包み、同じ(ような)顔をもった、ひとりと一体が、かまえ、見合った。


「おりゃーーーっ!」


 気合い一声、紫がドールとの間合いを詰める。


 ドールも同時に右ストレートを繰り出す。


 紫はドールの右腕をはじき、転瞬、右パンチをドールの顔面に食らわした。


 ボキッ!


 嫌な音が教室に響き渡り、ドールの首が折れ、シリコンかなにかでできているのだろう、首の皮一枚でつながっている後頭部が背中へとひっついた。


「なんてことをーーーーーっ!」


 多喜の悲鳴が旧校舎じゅうにとどろき渡った。


「よくも私に私を殴らせやがったなっ、多喜、覚悟しろ!」


 操られる間をあたえず、紫が多喜に走り寄る。


 多喜を捕まえようと、紫の手が伸びた。


 と、横合いから青い閃光が駆け抜け、多喜をかついで走り去った。


 コバルトマイヤードールを操った多喜は、自分をかつがせて、


「チクショー、覚えてろよ!」


 そう捨てゼリフを残すと、窓ガラスを割って外へと飛び出した。


「バカっ、三階だぞ!」紫が窓辺へと近づく。


 あぐり、小町も走った。


 割れた窓辺から見えた光景は……。


 多喜をかついだドールが十メートルばかり下の地面に着地し、脚が膝から折れ曲がり、崩れ落ちる姿であった。


 多喜は平然として立ちあがる。


 そうして、足が砕け、膝が折れ、首が垂れさがった無惨なドールをかついで、旧校舎わきの木立の間を走り去っていく。


 脇の机のうえには、多喜が今まで作っていたのであろう、フィギュアと思しき粘土の塊が転がっている。


「な、なんか、悪いことしちゃったわね」あぐりがつぶやいた。


「いや、アヤシイことをしていたのは、あいつだ」


「でも紫ちゃん、私たちが邪魔をしなければ、多喜くんは、おとなしくフィギュアを作っていただけだったのよ……」


「うむむ」


 紫がうなり、割れた窓ガラスから、秋を感じさせる涼しい風が吹き込んで、三人の間を駆け抜けていった。




 そして、翌朝。


 学校に来た多喜の様子をさぐりにいかなくてはならない、という話になり、そういう嫌な役目を押し付けられるのは、きまってあぐりなのであった。


「あ、あのう、多喜くん」


 席について、カバンから教科書を出している多喜にあぐりが声をかけた。


「き、昨日は、どうも、なんていうか」


「大丈夫、気にしてないし、ボクも、テンション上がっちゃって、変なことしちゃったから」


「そ、そう、それは良かったわ。お人形さん、かわいそうなことしちゃったわ」


「いえいえ、こちらこそごめんなさい」


「いえいえ、こちらこそ」


「あ、それよりも、藤林さん」


「はい、なんでしょう」


「ひとつお願いがあるんだけど」と多喜は声を落として、「変身した姿を写真にとったのをくれないだろうか。フィギュア作っていて、どうしてもわからないポイントがあって、ほら、アルマイヤーのコスチュームって、単純そうで、結構細かいデザインしてるでしょう。参考にできる写真さえあれば、かわいいアルマイヤーフィギュアを作れるんだ。完璧な造形のために、できれば、早いうちに、前後左右の写真をください」


「え、あ、う……」


 あぐり、朝からドン引きであった。

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