序の四
「まったく何様だっつうの」紫がぼやくのに、
「あんたが何様よ」小町がつっこみ、
「はあああああ」あぐりが溜め息をつく。
授業での叱責のショックから立ち直れないでいるのだった。
昼休みの教室で、机を寄せ合って、三人で弁当を食べていた。
「あの新任教師たち、もう、あたしらを狙っていじめているとしか思えねえ」紫は口にふくんだ米粒を撒き散らしそうな勢いだ。
「やめなさいよ、物を食べながらしゃべるんじゃないわよ。あんたみたいな行儀の悪いのが教師に目をつけられるのはしかたないにしても、私やあぐりちゃんまで標的にされるのは、げせないわねえ」と小町が首をかしげた。
「どいつもこいつも教師というだけで偉そうにしやがって。大勢の生徒の前にいるだけで王様になった気になるんじゃないのかね。王様症候群」
「勝手に症候群つくってんじゃないわよ」
「はああああああ」あぐりは溜め息をつきながら、器用にご飯を食べている。
「まあ、あんまりひどいなら、校長に直訴でもしようぜ」紫が言うのへ、
「まあそれもいいんだけど」と小町が、「私は教師が、しかも私たちの担当の教師が、ふたりも同時に新しく来たのに、違和感をおぼえるわ」
「はあああああああ」
「あたしらを狙ってか?」紫が眉間に皺をよせる。
「考えすぎかしらねえ」小町が小首をかしげる。
「いや、このアルマクリスタルを狙って悪の組織が送り込んだ刺客かもなあ」
「あんた、特撮ヒーローの観すぎなんじゃないの、と言いたいところだけど、ありえない話でもないわね」
「はああああああああ」
「「うるさいっ」」
「いつまで落ち込んでんだよ、あぐりよ。あたしなんか、しょっちゅう先生から怒られてるんだぜ。いちいち落ち込んでいたら、キリがねえよ」
「あんたは、厚顔無恥なんだから、べつにかまわないでしょうけど、あぐりちゃんは繊細なのよ」
「けけけ、しかも、あこがれのおにいちゃんから、きつーいおしかりをうけたんだからなあ」
「ははは、百年の恋も冷めてしまうわねえ」
「笑いごとじゃない!」あぐりは、ふたりを怒りながらも、なかばヤケになって弁当をかきこむのであった。
そうして放課後。
あぐりは大急ぎで帰り支度を整えると……、授業終わりの泉水のあとをつけた。
なぜそんなことをするのか、と問う者がいたらきっとこういうであろう。
意味なんてない、と。
ただ本能にしたがっているのだ、と。
そして、そのあきらかに挙動不審なあぐりのあとを、紫と小町が、
「いつもストーカーされてるのに、ついに自分がストーカーに堕ちたな」
「こんな面白い見世物もないわね」
そんなことを言いながら、つけていくのだった。
あぐりは、廊下の柱の陰から柱の陰へ、こっちのカドからあっちのカドへと、忍者の子孫のDNAを全開にして、泉水のあとをつけていく。
そうして、階段をおり、渡り廊下を渡り、職員室の手前の、ちょっとひとけのない場所に来た時であった。
泉水の足がぴたりととまった。
はっとしてあぐりも足をとめる。
泉水がくるりとふりかえる。
隠れる暇もなく、あぐりは棒立ちで、真っ正面からその目を見かわした。
「何か用か?」泉水の薄い唇から、冷淡な調子で声が出た。
「あ、あの、その……」
あぐりは、言葉を見失った。
ぎゅっと握りしめた手が、逃げ出しそうになる脚をこらえる膝が、わなわなと震える。
言いたいことはいっぱいあった。
昨日の夜も、その前の夜も、泉水と再会してから、ずっとずっと、あんなことを喋ろう、こんな話をしよう、と夜も眠れないほど考えていたのに、いざ面とむかってみると、何を話したかったのか、頭が真っ白になって、言葉が出てこないのだった。
「あ、いえ、なんでもないです……」
あぐりは目を伏せて、脇を見やり、ぽつりと言った。
そうして泉水は、そうかとも言わず、用もないのについてくるなと叱りもせず、黙って
あの優しかった泉水おにいちゃんはどこへ行ったのだろう。
寂しい時に手をにぎってくれて、らちもないあぐりのお喋りを、ほほ笑みながら聞いてくれた、あの温かかったおにいちゃんはどこへ行ってしまったのだろう。
閉じられた職員室の戸を見つめ、あぐりの目尻から、ひとつぶの涙がつたい落ちていった。
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