二の四

 紫が頭と言わず、体と言わず、乗っかったいくつものフィギュアを払い落としながら、立ちあがる。


「おのれ、著作権および肖像権侵害ヤロウめ」


「ふん、楯岡にそんなことを言われる筋合いはないね」


「あるんだよ」


「なんだと」


「刮目してとくとしっかり見るがいい。アルマイヤートランスポーテーション!」


 青白い光に紫の体が包まれる。


 そして、その光が収束すると、紫は青いぴったりとしたコスチュームをまとっている。


「コバルトマイヤー、見参!」


「なんだとーっ!?」多喜が驚愕してのけぞった。


「どんなもんだい」


「まさか、あの陰険性悪口悪脳筋下劣女楯岡が、憧れのアルマブルーだとは!?っていうか、コバルトマイヤーってなんだよ、コバルトはわかるけど、マイヤーってなんだよ。アルマコバルトだろ、普通」


「やっぱそう思うよねぇ」あぐりはなんだか申し訳なさそうだ。


「人のネーミングセンスにケチつけんじゃねえよ!」


「つけるよっ、センスひどすぎるよ!」


 多喜の体から発する黒いオーラが、さらに濃く湧きあがる。


「もういい。憧れをぶちこわしたお前だけは絶対ゆるさん、楯岡」


「勝手に憧れんな、気持ち悪い」


「くらえっ!」


 多喜が両手を動かす。


 まるで、操り人形を操るように。


 高速で間合いを詰めたコバルトマイヤードールは、紫の眼前に達したと思った時には、すでに攻撃態勢に入っている。


 両腕をすばやく交互に突き出し、パンチの連打を放つ。


 紫は、それを両手ではじく。


「くっ」


 紫が歯噛みした。


 格闘センスバツグンな上に変身までしている紫が、押されていくほど、ドールの交互に繰り出す突きは、速く、鋭く、重い。


 紫の体が沈んだ。


 沈んだ瞬間に、足払いをかける。


 ドールは飛びあがってかわし、かわしつつ紫の顔にめがけて回転蹴りを放つ。


 紫はもろにくらって、転がり床を滑ってゆく。


「くそっ」紫がののしる。


「ふふふ」と多喜は余裕の笑みを浮かべた。「体が虚弱で運動が苦手でも、格闘ゲームは得意でね。まあ、ボクのあやつるドールの動きは、その延長線にあるのさ」


 つまるところ、紫と多喜が殴り合っても多喜に勝ち目はないが、格闘ゲームなら、多喜に分があるというわけだろう。


 だっとドールが紫に向かって跳ねた。


 跳ねつつ、パンチを繰り出す。


 と。


 バシッ。


 変身したあぐりが飛び込んで、そのパンチをふせいだ。


「あっ、藤林さん!」


「ひどいよ、多喜君。いくら紫ちゃんの口が悪いからって、暴力にうったえるのはよくないわ」


「おのれ、あれほど忠告しておいたのに、闘いに割って入るとは……。おろかなり!」


「いくら素早い人形でも、二対一なら負けないわ」


「あぐり、お前はさがってろ」紫が立ちあがる。


「でも紫ちゃん」


「ふふふ、ふたりとも、おろかなり。ボクが操れるのが、人形だけだと思っていたのか」


「なに!?」


 紫が驚愕するとともに、


「か、体が動かない」


 まるで金縛りにあったかのように、体の自由が奪われてしまったのだった。


「ゆかりちゃん!?」


 助けに行こうとするあぐりの体も動かない。


「ふふふ。これから一生拭い去れぬ恥辱を味わわせてやろう。それ!」


 多喜の両手が動かされる。


 と、紫とあぐりの体が近づいていく。


 そして、ふたりの距離が間近にせまった時。


「ひひひひひ、こうしてやる」


「な、なにするの、やめてっ!」


 あぐりの懇願もむなしく、紫の手があぐりの胸へとのびていく。


「ふふふふふ、女ふたりで羞恥プレイをさせてやる!」


 やがて、紫の手のひらがあぐりの胸にとどき、ぐりぐりとはげしく動かされる。


 が……。


「あれ、おかしいな」


 多喜が小首をかしげた。


「ふたりの反応がまるでないぞ」


 紫もあぐりも、恥ずかしさ顔を赤らめることもなく、身もだえするでもなく、声をあげるでもなく、紫はあぐりの胸をもみしだき、あぐりは紫にもまれ続けている。


「なんだ、藤林さんは不感症か?」


「いや、そう言われても」紫は無表情である。


「そうね。私、紫ちゃんにこれまでさんざん胸もまれてるし」


「なんだとーっ!?」驚愕のあまり、多喜はめまいを起こしたようにふらついている。「お前たち、そんな破廉恥なことを常日頃からやってるのか?」


「まあ、普通よね」


「だな」


 あぐりも紫も平然としたものである。


「友達の胸をもむなど、楯岡、なんたる変態」


「ひどいわ、多喜君。紫ちゃんは変態じゃないの、自分の胸がないから、他人の胸に興味津津なだけよ」


「いや、あぐりよ、フォローになってないから」つっこみつつ、紫は多喜の次の攻撃にそなえる。

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