三の五

 殴られた大原の顔が、百八十度向こうを向き、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 こちらからでは表情のわからぬまま、不気味な黒いオーラがどんどん溢れ出てくる。


 そして、


 ぐぎぎぎぎぎ。


 建てつけの悪いドアがきしむような音をたてて、大原が振り向いた。


 その顔は、白目が暗闇のように黒く、黒目が血のように赤く、口が裂け、牙のようなものすら伸びている。


「ふがああああああっ!」


 雄叫びのような声でわめき、小町たち三人をにらみすえる。


「ダメだこりゃ、変身だ、変身!」紫が言うのへ、


「言われなくてもわかってるわよ!」小町が言い返す。


「「「アルマイヤー、トランスポーテーション!」」」


 三人が声を合わせて叫ぶ。


 ピンク、青、黄色の光に包まれて、三人が変身をした。


「うがああああっ!」


 ふたたび大原が吠える。


 吠えた次の瞬間には、


 どどどどどっ!


 ブルドーザーのような迫力で、三人に向けて突進してきた。


 そして、一番間近にいた紫に、突進しつつ張り手をあびせかける。


 さっと防御する紫であったが、両腕のガードのまま、十数メートルもふっとばされた。


 紫は転がりつつも起き上がる。


「な、なんだこのパワー!?」紫は驚愕する。


「格闘の修練を積んだ人が凶化すると、こうも戦闘力があがるものなの!?」


 これまで闘ってきた、凶化した町の不良などはくらべものにならない凄まじい力に、小町はたじろいだ。


 大原は、振り向きざま、そこにいたあぐりに張り手を放った。


 両腕で顔をかばったが、あぐりは防御のうえから殴られ、


「きゃっ!」


 そのまま飛ばされ、体育館の壁に激突した。


「ちょっと落ち着きなさい!」


 攻撃直後の隙をとらえて、後ろに回った小町が飛びあがり、大原の首筋に手刀を入れた。


 だが、大原はまるで動じない。


 身をよじった大原は、小町の腕をつかむと、弧を描いて振り回し、地面に叩きつけた。


 そこに飛び込んできた紫が、パンチの嵐を浴びせかける。


 顔面に、数えきれないほどのパンチの連打を喰らい、大原はのけぞり、そのまま倒れていく。


 が、ふんばって、すぐに体勢を立て直す。


「な、なんちゅうスーパータフネス!」距離をとった紫がまたもや驚愕する。


「このままじゃ、勝ち目はないわ!」小町が思案をまとめつつ言った。「私と紫ちゃんで攪乱するから、その隙に、あぐりちゃん、爆裂弾で大原くんの負のオーラを粉砕しちゃって!」


「うん!」あぐりがうなずく。


「いくわよ!」


 小町の合図とともに、紫と小町が飛び出した。


 ふたりは、大原の両側からパンチやキックを放つが、大原はがっちりとガードするし、ガードをすりぬけて、体に当てることができても、たいしたダメージにはなっていないようだ。


 紫の放つパンチとキックの連打を、大原は正面から受け止め、いなし、はじく。


 その隙に、小町が、


「えい」


 空中にアルマで形成したつららのような岩を、大原目がけて落下させる。


 つらら岩が大原の背中をつらぬいた。


 かに見えたが、実際は当たったつらら岩が、先端から砕けていったにすぎなかった。


「うおおおおっ、近距離ブルーインパルス!」


 紫が手に形成させた青いアルマ弾を、大原のみぞおちに叩きこむ。


 だが、


「うがーーーーーっ!」


 大原の叫びとともに放出した黒のオーラによって、消しとんでしまった。


「ふんが!」


 大原が紫に体当たりをし、紫は飛ばされ、爆裂弾を放つ機会をうかがっていたあぐりを巻き込み、地面をごろごろと転がっていく。


 くるりと振り向いた大原は、間髪おかず、小町に向けて、突っ張りの連打を放った。


 左右から襲い来る突っ張りを、小町は両腕を使って払っていくが、一撃一撃が、凄まじい重さである。


 残像が残像をつくり、無数に分裂して見える両腕が、容赦なく小町の腕をさいなんでいく。


 しだいに、小町の両腕がしびれ、痛みすらも感じないほど感覚が麻痺してきた。


「う、くっ」


 小町がうめく。


 そして、ついに小町の両腕がはじかれ、両腕をひらいた形に、つまり、胴体ががら空きになってしまった。


 ぶうん!


 うなりをあげて、大原の渾身の突っ張りが、小町にめがけて放たれた。


 もはや、防御もできず避けることもかなわず、小町は突き飛ばされる覚悟を瞬時にかためた。


 が。


 のびてきた大原の手が、ぴたっととまる。


 小町の胸を鷲づかみにし。


 数秒の静寂。


 そして。


 しゅわわわわわ。


 願望を叶えた大原から、黒のオーラが抜けていき、相貌も人間のものにもどり、そのまま気を失って、地響きをたてて地面に倒れこんだ。


 体がかたまったまま、小町は横たわる山のような巨体をみつめた。


 やがて、みずからの身に起きた現実を理解した小町は、みずからの豊かな胸を抱きしめるようにして、


「なんじゃい、ドスケベーっ!」


 絶叫するのであった。

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