三の六
保健室の窓からは、昼前の暖かな陽の光がさしこみ、大原が寝ているベッドのまわりの仕切りのカーテンに、影絵のようなコントラストを描いていた。
「じゃ、あとはたのむわ」
保健の女医先生が、大原のベッドの横に座る小町に言った。
「さっきも言った通り、今日の試合の緊張がとけて気が緩んだんだろう、疲労がどっと出たんだな。目が覚めたら、連れて帰ってくれ」
そう言って、保健室を後にするのだった。
先生は、日曜日でもクラブ活動をする生徒の怪我などに備えるために出勤しているのだそうで、ご苦労なことだと小町は思うのだった。
だいたい、この眠れる巨体をここまで運ぶのが大変だった。
アルマイヤーの変身を解いてはとてもじゃないが、運ぶことができないし、かといって、体育館裏に放っておくわけにもいかないし、変身したまま、人目をさけて保健室まで運んでから、もとの姿に戻り、先生を呼びに行ったのだった。
あぐりと紫は、保健室の前で待たせてある。
なにを話しているのか、時時、ふたりの声高に話す声や笑い声が、とぎれとぎれに聞こえてくる。
大原は、寝息をたてながら、すやすやと眠っている。
寝息は、ときに大きくなったり、消え入りそうなほど小さくなったりを繰り返していて、寝息の主が心地よい夢を観ていることがわかるようであった。
「まったく、なんで私がつきそっているのかしら」
小町は首をかしげた。
紫のくだらない悪ふざけのせいで大原は凶化してしまうし、激闘をくりひろげたうえに、しまいには胸をさわられたというのに、面倒をみる義理が、はたして自分にあるのか、いささか考え込まざるをえない。
手持ちぶさたにスマートフォンを取り出して、SNSを見ていると、二十分ほどして、大原が小さくうなり、こちらに寝返りをうったと思うと、ぱちりと目を覚ました。
そして、あどけない丸い目で小町をみつめるのだった。
「あのう、僕……」
「あ、目が覚めた?」
「どうしてここに?」
「なんにも覚えていないの?」
「覚えているような、いないような」
「まあ、なにか覚えていたとしても、悪い夢を見たと思って忘れちゃいなさい」
しかし、最後はしっかりと小町の胸にさわったのだから、あながち悪夢とも言えないのだろうが。
「あの、僕、音羽さんのこと……、ずっと……、その、楯岡さんからあんなこと言われたものだから、つい、その」
「いいのよ。忘れちゃいなさいって」
「は、はあ」
「私ね、お相撲さんって好きなのよ。将来、相撲取りのお嫁さんになるのも悪くないかな、なんて、思う時があるのよ」
「は、はあ」
「でも、平幕程度じゃあ、ダメね。幕下なんて、論外よ。そうね、三役クラス、できれば、大関くらいの力士じゃなきゃ、私をお嫁さんにする資格はないわ」
「で、でも僕、大相撲に進むつもりは」
「私を好きになってくれる男の子がいるのなら、それくらいの向上心と気概をもってアタックしてきて欲しいってことよ」
「はあ」
と大原は体を起こした。
「どう、立てる?」
ベッドをおりかけた大原であったが、床に足をついて、立ちあがりかけたとたん、よろりと、よろけたのだった。
小町は反射的に、彼をささえる格好になった。
大原の手が、小町の肩をつかんだ。
小町は大原を見あげた。
「二度とさわっちゃだめよ」
「え?二度と?さわる?」
「お嫁さん以外の女の人には気安く手を触れてはダメという話よ」
「あ、ごめんなさい」大原は、小町に寄りかかっている今の状況のことを言っていると思ったのだろう、さっと身を引いた。
「ふふ、じゃあ行きましょ」
保健室から出て行くふたりを、あぐりと紫が冷やかすような目でみたが、小町は気にもとめない顔をして、大原とならんで歩いた。
そして、小町は大原の腕に腕をからめた。
胸を触らせるのはごめんだが、これくらいはサービスしてやろう、という気分だった。
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