閑話 隣の島田さん
前編
「あらま、あぐりちゃん、今日はどうしたの?回覧板かしら?」
隣の島田さんの家のチャイムを押すと、すぐに、おばあさんが玄関から顔をだした。
「おばさん、こんにちは。いえ、じつは、こちらのかたが、そこで倒れられていたので、おつれしました」
「あらま、
「じゃ、運びますんで」
そう紫がつっけんどんに言って、あぐりたち三人は、男の手や足をもって、家の中に運び入れた。
「じゃあ、二階まで運んでもらうわけにはいかないので、奥の私の部屋まで運んでいただけるかしら。そうそう、そこ。私ももうちょっと若ければ、手伝えるんだけど。でも、なんで倒れていたのかしら」
「かるい熱中症みたいですよ。たぶん、涼しい部屋で休ませてあげれば、すぐに良くなると思います」と小町が男を寝かせながら言った。
「重かったでしょう、もうしわけなかったわねえ。すぐに、冷たい飲み物を用意しますから、休んでいって」
「あ、いえ、私たちはこれで」
「おじゃましました~」
と、紫と小町は口口に言って、さっさと帰ってしまい、畳の上に寝かせた男に枕をさしこんだり、額に濡れ手ぬぐいを置いてあげたりしていたあぐりだけが、取り残される形になってしまった。
「じゃあ、あぐりちゃんだけでも」
「はあ、でしたら、いただきます」
まあ、ふたりは見ず知らずの家でごちそうになるのも、気が引けるのだろうとあぐりは納得したようなしてないような、なんとももやもやした気分で居間へと入っていった。
「すぐに用意するから、その辺の椅子に座っていてね」
とおばあさんは、台所へ行く。
お留守かと思っていたおじいさんは、四人用のテーブルの椅子に腰かけていて、
「こんにちは」
とあぐりが挨拶すると、おじいさんはにっこり笑ってぺこりとお辞儀をするのであった。
――なんだか妙なことになってしまった。
おじいさんに笑いかけながら、あぐりは腰かけた。
学校からの帰り道、あぐり、紫、小町の三人が、いつものように、ぺちゃくちゃととりとめのないお喋りをしながら、田んぼの間を通る道を歩いていると、耕作放棄地の雑草ぼうぼうたる広場で、ひとりの男が暴れているのに遭遇した。
カシンの負のアルマによって凶化していると、ひとめでわかったので、三人は変身して闘ったのだが、たいした苦も無くその男をやっつけることができた。
気を失って倒れた男は、小太りの、無精ひげをはやし、髪も自分で切ったようにぼさぼさで、よく見ても青年だか中年だかわからない、あまり清潔とはいえない身なりであった。
だが、放っておくこともできず、落ちていた彼の財布をあらためると、免許証を発見した。
名前は島田隆人、住所は、あぐりの隣。
つまり、隣家の島田さんのご子息であるということがわかった。
それで、三人は彼を家まで運んできたわけであった。
「ごめんなさいね、こんなものしかなくって」
とおばあさんは、グラスに麦茶を入れたのをあぐりの前に置いた。
「ジュースとかあったらよかったんだけど、ふたりっきりの家なもんだから。若い子の口に合うかしら」
「いえ、うちでもいつも麦茶ですよ」とあぐりは答えながら、ふたりっきりとはどういうことだろう、と思う。息子さんは数に入れていないのだろうか。
「あ、そうなのよかったわ」とおばあさんはおじいさんと並んで椅子に腰かけた。「あぐりちゃんのお父さんは、料理研究家してるでしょう。いつも洒落た物を食べたり飲んだりしてるのかと思っちゃうわ」
「いえ、そんなことないです。父は料理研究してると言っても、作るのは家庭料理ばかりですから」
「私もお父さんの料理教室に通おうかしら」とおばあさんは自分のお茶をすすって、ちょっと間をおいて、「まったくあの子ったら、この暑いさなかに外出するから、熱中症になんかなるんだわ」
「なかなか涼しくなりませんよね」
「そうよ、十年、二十年前は、九月の終わりには涼しいくらいだったのに、最近は残暑というより盛夏がずっと続いているようなものでしょう。やんなっちゃうわねえ。でも、あぐりちゃん、うちの子を知っていたの?会ったことあったかしら」
「いえ、存じませんで」
「そうでしょう。もう十年くらい前になるかしら。会社での人間関係でつまづいて、それ以来ひきこもってしまってねえ。ネットで株だか為替だかやっていて、自分が食べる分くらいはかせいでいるから、私も外に出ろと強引なことは言えなくってねえ。年とってからの子だから、ついつい甘やかしちゃうのもいけないんでしょうけど」
「はあ、そうでしたか」
おじいさんは、話すふたりを楽しそうに見守っているのであった。
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