一の二

「おや?」


 杉谷の女背後霊がどこか腑に落ちない顔をした。


「よくみれば、あの伊賀の小娘とはずいぶん違うねえ」


 そうして、杉谷の首を後ろから両手で絞めて、


「あんた、適当な女をつれてきたんじゃないのかい!?」


「ち、違います、この人が藤林さんです~」


「は、なるほど、そうか、なんとなく伊賀の小娘と似た雰囲気だとは思ったけど、あんた、あの小娘の子孫だね」


「はあ、子孫?」


 そう言われてもあぐりにはまるで心当たりなどはない。


 いや、ひとりいたぞ。


「あの、もしや、その私のご先祖様の名前は?」


藤林碧ふじばやし あおいって名前だよ」


「やっぱりアオイさんかっ!?」


「心当たりがあるんだね!?」


 ――おのれアオイさんめ~。


 あぐりの怒りの弾丸の照準がアオイへと向けられた。


 アオイ。


 彼女は、四百年前の人であったが、アルマによる転生術を身につけ霊体となり、現代にいたるまで動物などの体に憑依して、あぐりの一族を見守ってきた、守護霊ともいえる存在であった。


 今は柴犬と何かのミックス犬に憑依している。


 ――アオイさんめ、どうしてくれようか。告白の呼び出しと勘違いして、恥ずかしさで顔から炎が噴出したうえに胸がバクハツしそうなほどなのに、アオイさんを呪うお化けをみせられ、卒倒しかけて、もういい迷惑だわっ。


 しかし、この霊の目的がアオイとわかれば話ははやい。


「いまからアオイさんを呼び出しますので、話は彼女とつけてくださいっ」


 あぐりはスマートフォンをカバンから取り出すと、家に電話をかけた。


「あ、もしもし、あれ?間違えました」


 ――ん、おかしいな、登録した番号からかけたはずなのに、知らない女の人が電話にでた。


「いえ、間違えてないわよ、あぐりさん。私です、勾坂凪子こうさか なぎこです」


「あ、凪子さんでしたか」


 勾坂凪子は、かつてあぐりの母清花せいかの霊がとりいていた人で、覆面のアルマイヤー、ナイトマイヤーとしてあぐりたちを助けていたのだった。


 すでに、清花の霊とは離れてしまったが、身につけたアルマの力を制御するため、アオイやあぐりの父源次郎げんじろうにトレーニングを受けに、家に来ることがあるのだった。


「凪子さん、アオイさんにかわってもらえますか」


 アオイは犬のくせに、器用に受話器を持って話ができる芸当を身につけている。


「はい、もしもし、あぐりちゃん、何か用?」


「何か用、じゃあありません。とんでもない事態に遭遇してるんです」


「え、どうしたの、カシンがまた復活したとか?」


「カシンじゃありません。えっと、幽霊さんお名前は?」


杉谷善珠すぎたに ぜんじゅ


「杉谷善珠さんという方が、あなたに話があると、バケてでてきてるのよっ」


「な~に~ぃ、すぎたにぜんじゅ~!?」


「学校そばの公園にいるの、すぐに来て!」


「わかったわ」


 電話を切ると、あぐりは、


「あの、すぐにアオイさんが来ますので、ちょっとお待ちください」


「わかったよ、こなかったら、あんたにとり憑くからね」


「ひ~、勘弁してくださ~い」


 しかし、この女の幽霊、美人ではあるがいかついというか、迫力のある人物であった。


 背も高いし、胸も大きく、見た目からも性格からも凄まじい威圧感を放っていた。


「あのう、待ってる間に、なぜ今、迷い出てきたのか、教えてくれますか?」おそるおそる、あぐりが訊いた。


「迷い出た?」


「あ、いや復活された?」


「まあ、言いかたなんてどうでもいいよ。私が現れた理由は、あの小娘が来てから話すよ。二度手間になっちまうからね」


「はい」


 二の句が継げないというか、継がせない彼女の迫力であった。


 そして、針の筵に座るような十分がすぎたころ、凪子の自転車の前カゴに入れられたアオイが到着したのだった。


「なんだい、幽霊が自転車なんかに乗ってきて。見た目もずいぶんかわっちまっているし」ひとりと一匹をみて善珠が言った。


「いえ、その横の犬のほうです」あぐりが教える。


「なにぃ、なんで犬だよ。なめんじゃないよ!」


「ああああの、いまは、犬に憑りついているんです~」

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