一の三
杉谷善珠。
彼女は、かの、織田信長暗殺を企てた杉谷善住坊の孫にあたり、祖父の名にあやかって善珠と名乗っている。
祖父から狙撃の才能も受け継いでいて、彼女自身も鉄砲の名手であった。
大坂の陣の頃は、傭兵で身を立てていて、当時伊賀忍として働いていたアオイとは何度も干戈をまじえた、因縁浅からぬ間柄であった。
「げぇっ、本当に杉谷善珠!?」走って近づいてきた犬のアオイがうなるように言った。
男子三人が喋る犬を見ても驚かないのはどうしたことだろう、とあぐりが思う間もなく、会話は続いた。
「本当に犬になっちまったんだね、あんた」片方の目を丸くして幽霊の善珠が言った。
「犬に憑依しているだけよ。そんなことより、なんで成仏してないのよ!」
「できるわけないだろ、あんな死にかたして」
「お互い、死力をつくして闘った結果でしょうが」
「そう、大坂夏の陣のことだったね」と善珠は遠い目をして話すのだった。「あの燃える大坂城の本丸御殿での、あんたとの闘いのさいちゅう、私は崩れ落ちる建物におしつぶされて……」
「気の毒だとは思うけど」
「死ななかったのさ」
「なんだよ」
「屋根が崩れ落ちると同時に、床の板が抜けてね、私は地下へと落ちて行った。まるで、奈落へと落ちていくような恐ろしい感覚だったよ」
しかし、大坂城地下へと落ちた善珠が見たのは、金銀財宝、宝の山であった。
そればかりではない、陶器、茶道具、掛け軸や仏像、珍品奇品がずらりと並ぶ、まばゆいばかりの隠し宝物庫であった。
――やったよ、ついに見つけたよ、ゼニヤス、トロハチ、あんたたちの犠牲は無駄じゃなかった!
ちなみに、善珠の子分であるゼニヤス、トロハチのふたりは、戦火をかいくぐって逃げ出して、生きのびている。
――あはははは、これで一生遊んで暮らせるよ、あはははは!
その善珠の哄笑にゆさぶられたわけではないだろうが、棚の上に置いてあった、重さ二十キロはあろうかというぶ厚い碁盤が、突如落下してきた。
「なんでこんな高いところに碁盤がおいてあるのさ、と思う暇もなかったね。頭に直撃だよ!カドがガツンと!即死だよ!」
「あたし関係ないじゃないの!?」
「原因を作ったのはあんただろう!」
「いやいやいやいや」
「霊魂となった私は、それから、必死にその碁盤にとり憑き、持ち主を
「平安時代の囲碁の天才幽霊があらわれるならまだしも、まさか、こんな怨霊が……」杉谷くん、今にも泣き出しそうである。
「あんたのこの四百年の苦労はわかったけれども、それで私にどうしろと?」なかばあきれたようにアオイが訊いた。
「私と闘いな!」
「なんですと!?」
「阿保みたいな死に方をしたのは、全部あんたのせいだ。その体で、いやさ、その霊魂でつぐなってもらうよ!」
「どうやって闘うのよ、お化けと犬よ」
「私は、この軟弱子孫に憑依するから、あんたもその子孫の娘に憑依して闘いな」
「いやいやいやいや」と残像もあざやかに首をふるのはあぐりである。
「まあ、そう言わないで。一度闘えば気がすんで成仏するだろうから」とアオイがなだめる。
「いやです、他の人に憑りついて!」
「じゃあ、私が抜け出してこの犬が逃げ出すといけないから、誰か持っててくれる?」アオイはあぐりの嘆きなどまるで斟酌しない。
「んじゃあ、あたしが」と紫が進み出てアオイを抱き上げた。
紫も小町も、面白い見世物がはじまったことに楽しくてしょうがないといったふうな顔である。
どんっ!
何かが飛び出すような音がして、女の霊が犬の体から抜け出すと、あぐりの体に移っていった。
「や~め~て~!」
あぐりが叫び終わった時には、すでに、その体はアオイの支配するところとなっていた。
〈呪ってやるからね、アオイさん!〉
「うるさいわね、なるべく傷つけないようにするから、安心なさい」
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