二の五

「だっはーっ!だったら、これはどうだ!」


 と多喜が見えないアルマの糸を操る。


 すると、紫とあぐりの顔が、どんどん近づいていくのだった。


「こ、これは、まさか」


「さすがに、これは、やったことなかったな」


 あぐりと紫に冷や汗が流れ落ちる。


「ははははは、友達同士でキスをしろ!羞恥心でもだえるがよい!」


 ふたりの顔と顔、唇と唇がだんだん近づいていく。


「ダメダメダメダメ、これはダメ!」


「ちきしょう、多喜、覚えてろよ!」


 鼻と鼻の距離、十センチ。


「ははははは、あーはははははっ!」


 唇の距離、五センチ、三センチ、一センチ……。


「はい、そこまでぇ」


 間一髪、ふたりの唇の間に、白い手が差し込まれた。


 アースマイヤーに変身している、小町であった。


「うぷぷぷぷ」


「うみゅみゅみゅみゅ」


 ふたりの唇が、小町の手の甲と手のひらで、もぞもぞと蠢くのだった。


「これはこれで気持ち悪いわね」小町、渋い顔である。


「黄色いアルマイヤー。藤林さん、楯岡ときたら、ま、まさか、音羽さん?」多喜はさらに驚愕の度合いを深めた。


「まあ、バレちゃったらしょうがないけど、黙ってってね」


「まあ、お約束は守るけど」


「うぷぷぷぷ」


「うみゅみゅみゅみゅ」


 あぐりと紫はまだ小町の手にキスを続けている。


「とりあえず、このふたりを離してくんない?」


「ちっ」舌打ちしながら、多喜はふたりの束縛を解いた。


「なんでもっと早く助けに来なかったんだよ!」紫が小町をきっとにらんだ。


「いや、なんだかおもしろい見世物だったもんだから、ついつい目が離せなくなってね」


「小町ちゃん、いつから見てたの?」あぐりが訊いた。


「旧校舎に勝手に入ったうえに、勝手に教室を使うなんぞ、天がゆるしてもこの私がゆるさん、ってくだりくらいから」


「それって、一番最初だよね!」あぐりがつっこみ、


「まったく、根性がねじ曲がってるな、お前」紫が悪態をついた。


「三人で~、新喜劇して~、盛り上がってるんじゃな~いっ」


 多喜の呪詛のような声とともに、コバルトマイヤードールが動きだす。


「多喜君、降参したほうが身のためよ」小町が多喜を指さして言う。


「なんだとっ?」


「あなたがあぐりちゃんと紫ちゃんを動かしているとき、そっちのドールのほうはまったく動かしていなかった。つまり、あなたが同時に操れるのは、ふたりが限界。ドールと同時に私たちのなかのひとりを操ったとしても、二対二なら、こちらはそうそう負けないわよ」


「ふふふ、音羽さん、君、頭がいいと思っていたのに、それが発想の限界か?それとも、その選択しかないとボクに思い込ませる誘導か?」


 気づかれたか、と小町は胸裏で舌打ちした。


「アルマブルードールをおいといて、君たちのなかのふたりをあやつれば、二対一!しかも、楯岡と音羽さんを操れば、心優しい藤林さんは、手も足も出せないはず!そら!」


 多喜の両腕が前に伸ばされる。


「ぐっ」


「しまったっ」


 紫と小町が見えないアルマの糸に捕らわれる。


 ふたりの体があぐりに向き、二方向からあぐりを押し包まんばかりににじりよる。


 あぐりが、恐れおののき後ずさった。


 かに見えたが、あぐりの口にが、わずかに笑っている。


「甘い」あぐりがふとつぶやいた。


「え?藤林さんとは思えぬ言葉が唇からもれたが、気のせいか?」


「まったく甘いわ、多喜くん」


「なに?」


「ひとを殴るのにためららいはあっても、モノを壊すのに躊躇はないわ!」


 あぐりは、ふたりの間をするりと抜けると、コバルトマイヤードールを、後ろからはがいじめにした!


「どう?ふたりの拘束を解いて、私とこのドールを操らないと、あなたの大切なこの子が悲しい結末を迎えるわよ!」


「ノーッ!まさかの、藤林さんとも思えぬ悪辣あくらつプレイ!?」


 多喜のぎょろりとした目が、さらに大きく見開かれた。


「くっ、しかたないか」


 ふたりを解放した多喜は、即座にあぐりとドールを操る。


 そして、あぐりをドールから引き離した。


「今!」叫びつつ、小町があぐりにしがみつき、動きを封じた。


 そして、紫とコバルトマイヤードールがにらみあう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る