二の三
「旧校舎に勝手に入ったうえに、勝手に教室を使うなんぞ、天がゆるしてもこの私がゆるさん」
紫が多喜の前に立ちふさがり、肩をいからせて言った。
「勝手じゃない。ボク、学校に届け出てる」
「嘘をつけーっ!」
「嘘じゃ……、あっ!?」
紫は多喜の言いぶんも聞こうとはせず、彼を押しのけて、教室の入り口から踏み込んだ。
「なんじゃこりゃっ!?」
教室をみまわした紫が驚愕の声をあげた。
あぐりも恐る恐る、中へと入ってみる。
と、そこには、古い机や棚の上を、うめつくさんばかりに、大量のフィギュアやドールが並んでいた。
色とりどりの、アニメや漫画のフィギュアたちは、見つめていると目がちかちかしてしまうくらいに、視界全体をおおっているのだった。
「ここは、ボクが主催するフィギュア同好会が使っている教室だ。ちゃんと生徒会にも届けを出している。フィギュア同好会とは、フィギュアをめでるだけでなく、みずからの手でも自作してしまおうという、そんじょそこらの愛好家とは一線を画する選ばれし者のみが入会をゆるされる高貴なる同好会だ。今はまだボクひとりだけれども」
「いや、いくら許可をもらっていても、キモイわ」
「紫ちゃん、キモイは失礼だわ。ね、多喜君。フィギュアとか人形とかって、かわいいよね」
「だからって、この量は引くわっ」
「おのれ~、楯岡~」
あぐりの横に立つ多喜の、怒りのオーラが目に見えるようであった。
いや。
実際に見える!
紫がかった黒い色をした、怒りに満ちた負のオーラが多喜の小柄で痩せた体からメラメラと立ちのぼっているのだ。
「キモイだの引くだの、言いたい放題言いおって~」
「けっ、自分で作ってんだか買ってんだか知らんけど、キモイもんはキモイんじゃ」
「おのれ、ゆるさん~」
多喜の、もじゃもじゃの長いウェーブ髪の隙間から見える大きな目が、底暗い憎しみの光を宿している。
「目~に~も~の~、見せてくれる!」
多喜がだっと走った。
そして、教室の隅まで走ると、そこにある、黒い布をかぶせてある、人間大の何かの前で立ち止まった。
「これを見よ」
ばっと布をはぎ取った。
「げ、マジキモイわ、コイツ!」紫が唾棄するように言い、
「…………」あぐりが絶句する。
そこには。
なんと、等身大のコバルトマイヤードールが立っているのだった。
「お年玉やコツコツ貯めたお小遣いを放出して等身大ドールを買い、顔やコスチュームをボクみずからが作りあげた、入魂の一品、ボクの憧れのアルマブルーだ!」
「アルマブルーって、勝手に名付けてんじゃねえよ」
「いや、コバルトマイヤーよりも妥当なネーミングよ、紫ちゃん」
「この素晴らしい出来はどうだ」なぜか勝ち誇ったように胸をそらせる多喜である。
「どうだと言われても」紫は顔をしかめている。
一見したところではコバルトマイヤーにそっくりだが、よくよく見ると、各所のデザインや色の配置が間違っている。
そして何より、
「胸がちょっと大きいよね」あぐり、にが笑い。
「いや、そこかよ」紫、真剣につっこむ。
「何をぶつぶつ言っとるかっ。さあ、見せてやる、ボクの真の力を~」
多喜が、両手を、頭くらいの高さに持ちあげた。
すると、どうしたことだろう。
コバルトマイヤードールが、糸もないのに、
ずん、ずん。
と歩き始めるではないか。
「ひ、ひいぃ」あぐりが悲鳴を発する。
「ふふふ、あの、体育館での一件以来、ボクにそなわった、この神秘の力!
多喜が両手を交互に前後させる。
すると、コバルトマイヤードールが走り始めた。
そしてそのまま、紫へと体当たりをした。
不意をつかれた紫はころがって、机や椅子を倒して止まった。
そこに並べられていたフィギュア類が、ばらばらと飛んで散らばった。
「おのれ、よくもボクのコレクションを!」
「いや、お前がやったんだろ!」フィギュアに埋もれたまま紫がつっこむ。
「多喜君、やめて!」あぐりが懇願するように言った。
「とめないでくれ、藤林さん。変身もしちゃいけないよ。ボクはキミのようないい子を傷つけたくはない。この悪逆非道な楯岡をこらしめるまで、ちょっとの間、じっとしておいてね」
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