一の六

「さあ」アオイはあぐりの体の胸を張って腰に手を当てて、「これで昇天できるでしょう。さっさといっちゃいなさい」


 が、ふてくされたような顔をして、胡坐あぐらを組んで、膝に肘をあて頬杖をついて、そっぽを向いて座る善珠は、これといった変化がまるでみられない。


「へ、冗談じゃないね」善珠がにやりと笑った。「こんな面白い勝負ができるのに、そう簡単に成仏できるかって」


「あんたまさか、凪子ちゃんの体を乗っ取るつもりじゃないでしょうね」


「へ、そこまで自分勝手な性格はしていないつもりだがね」


 そう言って、善珠の霊体が凪子の体から、ぽんと飛び出した。


 パンツもあらわに胡坐を組んでいた凪子は、顔を真っ赤にして正座する。


 善珠は、その凪子の肩を後ろから抱くようにして、頬と頬をすり寄せるように近づけて、


「けど、もうちょっと、この子に宿らせてもらおうかねえ」


「え、そ、そんな私こまります」


「憑依していた時に、意思がちょっとだけ伝わってきた。あんた、人助けがしたいんだろう?だから、犬の小娘にアルマの使い方を伝授してもらってるんだろう?」


「そうですけど」


「だったら話は早い。私がその人助けを手助けしてやろうってんだ」


「う、ううう」


「凪子ちゃん」とアオイが、「そんな悪霊の甘い言葉に惑わされてはいけないわ。きっぱりと断りなさい」


「で、でも、善珠さんは、もうちょっとだけ現世にとどまりたいんでしょう。ちょっとだけなら」


「ははは、そうこなくっちゃ」あまりに押しに弱い凪子を善珠が笑う。


「あんた、体だけじゃなくて、性格的にも憑依されやすいのね」アオイはあきれて首を振った。


「じゃ、仲良くしようじゃないかい」


 そう言って、善珠は凪子の体の中へと消えていった。


「言っときますけど、私に了承なく勝手に体を使うのは禁止ですからね!」


 凪子は融合した善珠に言ったが、善珠が何と答えたのかは、アオイたちには聞こえなかった。


〈じゃ、アオイさんも体をかえしてくれる?〉


「う~ん、どうしよう」


〈ええ!?〉


「せっかく久しぶりに人の体に憑依できたんだもの、もうちょっと使わせてよ」


〈アオイさん、善珠って人よりタチが悪いわ〉


「ふふふ、冗談ヨ」


 そうして変身を解くと、アオイはもとの犬の体へと戻っていった。


「ありがと、紫ちゃん」


 抱かれた胸から飛びおりた犬のアオイは、うーん、とうなりながら伸びをした。


「はあ」とあぐりが溜め息をつく。「人に体を勝手に使われるのって、気持ちのいいものじゃないわね」


「でしょう。だから私は人にはほとんど憑依してこなかったし、それを平気でやるカシンという男はやはり悪辣な魔人なのよ」


「じゃあ、私はこれで帰ります」と凪子が言った。「なんだか異常につかれたし」


「そうですね」とあぐりが答える。「私もはやく帰って、お風呂入ってご飯食べたい」


 手を振って凪子を見送ると、男子三人も、ご迷惑おかけしました、などとペコペコしながら帰って行った。


 そうして、傾いた太陽のオレンジ色の光のなか、三人と一匹は並んで歩く。


「しっかし、なかなかすごかったよな、アオイさんの闘いは」紫が感心したように言った。


「そうよ、まあ、本当の体だったら、変身したあんたたちにも負けない自信があるわ」


「まさかあ」とあぐりは取り合わない。


「いい?アルマスーツというのは、あなたたちの持っている潜在的なアルマ力を引き出しているにすぎないの。人が本来持っているアルマをよ。そのアルマを私みたいな戦闘のプロフェッショナルは、修行によって操っていたわけ。つまるところ、アルマスーツなんてのは、邪道ね」


 アオイの説明にも、あぐりたちはさほど信ぴょう性を感じていないらしい。


 ――これは……、この子たち、一度どこかで痛い目を見ることになりそうだわ。


 そんな危惧をアオイは抱くのであった。

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