ひとりぼっちの英雄
岳々
ブルックヤードのクロアベル大尉
第1話 プロローグ
魔法と科学の融合が実現した世界ブラハスダウル。初期は科学文明の旗手ヒト族と魔法文明の騎手魔族との間でなされた世界大戦も、科学技術と魔法技術の融合が実現されるようになってから、科学と魔法の両者を制覇したエルフとドワーフによって主導権を握られるようになった。
魔法の使えないヒト族との共栄を前提に人類連合を率いた共栄派エルフ。
魔法を使えるものこそが社会を統率すべきだと考える魔族派エルフ。
いつしかヒト族と魔族との戦いは、思想の異なるエルフ同士の代理戦争へと変わっていった……。
そして聖暦2238年5月14日。
この日は、誰もが忘れられない日となった。
*******
かつてヒト族が掌握していた赤道直下の島クルルカ島。今ではエルフの国エーデルガイド帝国の制圧下に入っていたが、彼女たちの空中戦艦の艦隊が南方から一時的にいなくなった隙を狙って奪還計画が実行されようとしていた。出撃したのは人類連合軍の艦隊、シェール軍港所属の第11艦隊。クルルカ島を包囲し、艦砲射撃ののち、陸戦隊を上陸させる計画だった。
しかし、エーデルガイド帝国軍側も手をこまねいてなどおらず、徹底抗戦。1000以上もの飛竜騎兵が艦隊を襲い、1隻、また1隻と船を沈めていった……。
「航空支援はまだか!?」
「ナカルナの空軍部隊はアトランティス軍からの攻撃を受け、こちらに部隊は回せないと!」
第11艦隊旗艦戦艦ブライルシャーク艦橋では海軍将校や通信士たちが怒声を飛ばす。
「クソッタレ!だからクルルカ島奪還作戦は時期尚早つったんだ!」
「総司令官!偵察部隊より連絡!エーデルガイド第一機動航空艦隊がクルルカ島に向かっているとのことです!」
敵の主力艦隊がこちらに向かっているとの情報に通信士が悲鳴をあげるように報告した。別の通信士は本部へと連絡し、救援を求めるが、通信不良なのか返答はまったくなかった。
「よもや…、ここまでか…」
第11艦隊司令官セグラナフ少将がポツリと言う。
「エーデルガイド側の空中戦艦、飛竜部隊…。奴らの航空戦力に対抗するには、同じく航空戦力で対抗するしかないが、航空戦力をナカルナの空軍に依存し切った南方艦隊では、いざという時にボロが出るな」
「クソッ!小雪さえいれば!なんで東亜軍は動かないんだ!」
艦橋から眺める海には多数の煙が上がっており、被害の甚大さを物語っていた。セグラナフ少将は、この戦いの幕引きを読み取った。
「諸君。今までご苦労だった。総員に退艦を命じる」
退艦。それは船を捨てて、海へと逃げること。しかし至る所から空爆を受けている第11艦隊には海へ飛び込んだところで助かる保証はどこにもない。しかも、恐ろしいのは敵だけではない。海にはサメなどの肉食魚や、魔物が蔓延っており、丸腰の人間などていの良い餌にしかならない。しかし一抹の望みをかけて、飛び込むしかない。すべての艦船が海に沈み、敵が攻撃を止めるまで、荒れる海の中、息を潜めて…。
「!?総司令官!後方から魔力反応!そんな、ありえない!?これほどの魔力、一体どこから…。まさか、敵の新兵器か!?」
「チクショウ!徹底的に叩くつもりかよ!」
「急げ!海に飛び込め!」
退艦命令を出しながら、海軍将校達は艦橋から飛び出す。
しかしその前に、辺りは強い光に包まれた。誰もが目を眩ませ、その場にしゃがみ込む。唐突な強い光を浴びせられ、そこに居たもの達は人生の終わりを感じ取った。
だが、聞こえてきたのは船員達の悲鳴ではなかった。バタン、バタンと甲板に叩きつけられる何かの音。見れば真上を飛び交っていたはずの飛竜とそれに乗っていた敵のエルフ達だった。
「一体何が…?」
呆然と呟くセグラナフの真上をいくつもの人影が飛び交っていた。
「こちらブルックヤード所属、第76エルフ飛行連隊、連隊長アインツバーク。救援に来た。退路を切り拓いた。反転して撤退せよ」
それは友軍からの呼び声。
死にていの艦隊の一抹の希望だった。
見れば空には100近い味方エルフの飛龍騎兵が飛び交っていた。
「退艦命令撤回!総員配置につけ!反転し、撤収する!」
セグラナフの呼び声に、我に帰った将校達が急いで配置につき、指令系統を立て直す。まだ退艦命令が行き渡っていないこともあって、すぐさま立て直すことができた。
「友軍の支援を受けつつ、そのまま反転、撤退する!」
そう命令を下した彼の視界に1つの人影が横切った。
*******
『おい!どこのどいつだ!一人突っ走ってるやつは!』
『ティルだ!あいつそのままクルルカに向かう気だぞ!』
『ちょっとティルちゃん!?何考えてるの!!!?』
無線から響く怒声。けれどもその声を気にすることなく、幼い少女は身一つで低空飛行を続けていた。周囲からは飛竜に乗った敵エルフ兵達が迫ってくる。しかし彼女らに気を向けることなく、ただ空に目が眩むほどの眩しい光を打ち上げた。
それを直視してしまった飛竜達は騎乗している敵エルフ達を巻き添えに海へと落下する。そんな彼女達に目もくれず、そのままクルルカ島へと向かった。
『ティル!今回の作戦を復唱してみろ!』
「クルルカ島の奪還」
『バカヤロウ!それは第11艦隊に下されてた命令だ!それもついさっき撤回済みのやつだ!私たちの任務は孤立した第11艦隊の救出と撤退の支援だ!分かったか?分かったら返事しろ!』
「了解。ただちにクルルカ島に上陸する」
『おいこら!ティルうううううう!!!』
騒がしい無線の電源を切り、ティルと呼ばれた少女はそのままクルルカ島に上陸してしまった。さも当然のように上陸した少女に敵エルフたちは呆然とするが、慌てて少女に攻撃魔法を向ける。しかし少女はその全てをいなし、逆に反撃を加える。魔力の塊を銃弾のように飛ばし、吹き飛ばしていく。火の玉を飛ばし燃やしていく。刃のように空気を切り、切り刻んでいく……。
攻撃をモロに受け、焼け焦げるもの、四肢を切断されるもの、目をつぶされるもの…。少女の体格には似つかわしくない惨劇が繰り広げられた。
「自らを魔法文明の権威者と自称する割には、あまりにもあっけないわね。お師匠様の方がまだまだ強いわよ」
血に染まるクルルカ島の基地の廊下。わずか一刻で、彼女を除くすべての生きていたはずのものが死に絶えた。
「さて…、エーデルガイドの空中戦艦の艦隊が来るまでまだ時間はあるかしら?その間に飛竜たちを全部撃ち落とせば撤収してくれるかしらね?」
少女は淡々とクルルカ島の上空へと浮き上がる。
彼女には飛竜はいらない。身一つで空を飛べるだけの魔力があるから。
彼女には援軍はいらない。身一つで敵を全滅させるだけの魔力があるから。
彼女は祈らない。今の自分ならすべてを解決するだけの力があるから。
「こんにちは、エーデルガイドの軍人さん。3年前の借りを返しに来たわよ」
敵の飛竜隊に取り囲まれる中、たった1人の少女による死闘が始まった。
そして……。
聖暦2238年5月14日。
この日は、誰もが忘れられない日となった。
2000以上ものエルフ兵を相手にたった1人でクルルカ島を奪還してしまった12歳の少女、ティルエール・ロワ・クロアベルの名とともに。
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