第14話 心配ごと
飛竜襲来の騒動からまた数日が過ぎた。その間、ティルはホクホク顔で戦闘詳報を書き、本土行きの郵便にそれを出した。
大神はというと新たに本土から届いた書類を
「アレを見られた以上、アンタも共犯よ。これからはこっちの帳簿も併せてつけなさい」
『アレ』というのは泊地の奥に隠されているティルのコレクション…、ではなくて、もしもの時のための陸戦兵器のことだ。
来てまだ1ヶ月の人間に任せるような仕事じゃないだろと思ったが、彼女からしてみれば東亜工業出身というのは信頼に値する人種のようだ。何の心配もしてないというようにニコニコしながら仕事を任せてきた。
というわけで、この泊地特有の仕事も合わせて事務作業を進める日々を送ることになった。それでも規模が小さすぎる基地だと事務職員が担当すべき仕事も少なくなるので、その分暇を持て余す。そのためリラックのように隙間時間にはテレビを見るという自堕落な生活を送ることとなった。徹夜が多かった本部にいた頃と比べれば大違いだ。
「サボってるねぇ…」
声のした方向に振り返ると、ヨナが軍服を着て立っていた。彼女の軍服は海軍の下士官と兵卒が着る服装で、彼女が他の2人と違って階級が低いことを思い出させた。
「何日も行方不明だった奴に言われたくねーな」
大神の返しにヨナは口笛を吹きながらそっぽを向く。よくまあ自分のことを棚に上げられるものだ。
「どうした?なんか用か?」
「オオカミはどうしてブルックヤードに派遣されたんだ?」
なんとも答えづらい質問が来た。
「上の命令で事務職員として…」
「あ、いや、それはそうなんだろうけど…」
ヨナはなんだか要領を得ない様子だった。
「いやさ。ティルってずっとここに縛られてるじゃん?もしかしてティルを連れ出してくれるのかなあって…」
「連れ出すって」
「あ、いや、そのさ…。ティルってこの1年、一度もブルックヤードから離れられてないんだ。除隊することも休暇を取ることも不許可が続いて、家族に会うことはもちろん、シェール軍港にさえ寄ることも許されない。文字通り縛られっぱなし」
「…おいおいマジかよ」
大神は唖然とした。ブルックヤードでのティルの縛りつけがここまで酷かったとは想像だにしなかった。会社でたとえると週休0日の窓際社員ということだ。普通なら頭がおかしくなる。
「そ、そのさ。これはまだ誰にも知られてないんだけど、ウチが耳にした噂があって…」
そう言ってヨナは耳元に口を近づける。
「将来は泊地の人員をティル以外完全に無くすって」
「おいおい
ヨナはどこか気まず気に目を逸らす。その様子がかえって大神の心を不安にさせた。
「こ、この噂はここで留めておいてくれ。ティルもニーアも他の人たちも知らない噂話。下手に知られて心配かけたくない」
ヨナの必死な言葉に「ああ」と返す。
しかし泊地人員をティル以外完全撤収とは…。その噂はノルマン大佐たちからは聞かされていない。噂の真偽は分からないが、もし本当ならティルを嫌う上層部はティルを完全に潰しにかかってるとしか言えなかった。
これでさらに除隊禁止休暇なしとなれば精神を完全に病むだろ…。ティルが弱ってる様子は今のところ見えないが、将来精神的に潰れてしまう可能性は十分にあった。
「上層部は馬鹿か?ティルほどの人材が寝返ったら地獄を見るぞ」
「寝返らないって分かりきってるから」
ヨナが淡々と話す。
「ティルの姉貴、リリアナ・クロアベルはクルルカ島の准将やってて、寝返るってなるとお姉さんの身に危険が及ぶってことだから」
リリアナ・クロアベル。クルルカ島の海軍基地の指揮官の1人だ。大神は一度仕事で会ったことがあり、ティルの姉であることは知っているのだが、まさかここで名前が出るとは思ってもみなかった。
「家族を人質に取られてるってことか…」
大層胸糞の悪い話に大神は隠さず苦虫を噛むような表情を浮かべる。
同時に大神はなぜその話を自分にしたのかと疑問に思った。その疑問に答えるようにヨナは口を開いた。
「オオカミはさ、結構偉い人と繋がりがあるんじゃないのか?」
自分がここにいる理由の核心をつく質問に思わず押し黙ってしまう。ヨナはその様子を察してか、慌てたように言葉を続けた。
「あ、いや、その…。今までティルがどんなに願っても、人員を派遣してくれることがなかなかなかったんだ。つい3年前にエルフの部隊は解散させられてここはティルだけだった時期があるみたいだし、ニーアや私はその…、それなりに偉い人にねじ込んでもらった感じなんだけど、そういうのがないとやっぱり人員補充すら厳しい感じで…。だから、オオカミも偉い人にねじ込まれたタイプなのかなって期待してるんだけど…」
「え、偉い人と繋がりがあるならさ。ティルに数日でいいから休暇のお願いを出してくれないか?私を送ってくれた人、立場がちょっと難しい人で、そういうことなかなかできない人なんだ。オオカミの上司ならもしかしてそういうのできるんじゃないかなって期待してるんだけど…」
大神は正直悩んだ。下手なことをすれば、自分の立場が露呈してしまうかもしれない。かと言ってティルの現状も好ましくないことは明らかだ。
大神はしばし悩んでから、「そっちもあまり他言しないでくれ」と一旦念を押す。
「一応、俺を派遣した上司に聞くだけは聞いてみる。ただあまり期待しないでくれよ?」
そういうとヨナはパッと表情を明るくさせた。
「ありがとう!期待してっからな!」
–––––– いや、今、期待するなって言ったろ。
しかしヨナはそんなことなど脇目もふらないかのように、そのまま事務室から飛び出して行ってしまった。
ある意味まっすぐな子なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます