第30話 脱出

 これまでの成り行きを聞いて大神は「マジか」とため息を吐く。まさかエーデルガイドの主力オブ主力、第一機動航空艦隊が本当に出向いてきているとは思わなかった。しかも空中戦艦が10隻もあるとか。


 詰んでるだろこれ……。


「つまりブルックヤードがエーデルガイド軍に掌握されているところをさらに第5艦隊から砲撃を受けていると?これ、どうやって抜け出すんだ?」

「分かんない。あともうしばらくすればティルたちが駆けつけてくれるからそのどさくさに紛れて脱出すればいいかなとは思うんだけも、それまではここで大人しく待つのが正解かなあ?」


 ヨナの言葉に「そうか」と呟く。


 地面が揺れ、土埃が天井から降ってくる。まだこの近辺には大砲なりミサイルなりが落ちてきていないようで、防空壕はまだもつようだと安心した。


「でも良かったぜ。オオカミが無事で」

「ああ。心配かけたな」

「まったくだ。結構大変だったんだぞ?ティルを宥めるの。まあ宥めきれてないけど」

「ティルがどうかしたのか?」

「めっちゃパニクって泣いてんの」


 ヨナの言葉に眉間みけんしわを寄せた。


 ——— アイツが泣くのか?


「その顔信じてないな?」

「ティルだぞ?信じられるか?」

「ティルだって16歳のかわいらしい女の子だぞ?思春期少女特有の情緒不安定さがあるってことよ」

「そんな年上みたいなこと言って…」

「そりゃあティルよりも年上だし」

「は?誰が?」


 大神がポカンとしながらいう。


「だから私が」

「え?いくつ?」

「18だよ。てか何歳だと思ってたんだよ?」

「ティルと同い年かそれより下かなあと…」

「この泊地の中でティルが最年少だぞ」

「アイツ最年少なのにあんなに偉そうなの!?」


 ニーアにもヨナにも遠慮がない物言いを見て、てっきり2人ともティルよりも年下だと思っていたが、逆だったのか…。先入観怖い。


「な?ウケるだろ?」


 ヨナがケラケラと笑い出した。


「まあ実際階級は偉いんだし、そんな態度でもいいんじゃね?って私は思うけどな。士官学校とか出てない中であそこまで行くのもやっぱり相当頑張ってきたって証拠だし。ブルックヤード泊地でお山の大将やってるくらいかわいいものよ」

「そのお山の大将、連合軍最強なんですが…」

「それならなおのこと偉そうでもよくね?」


 確かにその通りだった。


「まあ、話戻して、ティルにだって可愛いところがあるってことよ。別にオオカミのために泣くってのは全然あり得るっていうか、むしろその方が自然というか…」

「自然?」

「んにゃ。こっちの話。ともかく!今後はティルに心配かけないように気をつけろよ!」


 正直今回の件は、連合軍本部の人事に巻き込まれたと感じることこの上ないが、まあ余計なことを言わないほうがいいだろうと大神は考え、「そうだな」とだけ言って口を閉ざした。


「ん?砲撃が止んできたな。そろそろティルがたどり着いたのかな?」

「なら、ささっと外に出てトンズラこくか?」

「おう!そうしようぜ!チャチャっと外に出ちゃおう!」


 ヨナが先導して入り口へと向かう。入り口の蓋をゆっくりと開けて外の様子を伺った。


「…パッと見る感じ、近くに兵士がいるようには見えねえな」

「これからどうする?」

「そうだな。ティルが戦ってる脇をうまくすり抜けて私が運ぶって感じかな?うまいこと飛龍隊も到着してくれていればオオカミを乗せて逃げられるんだけど、そううまく行くかなぁ?」


 ヨナはしばらく考え込んだ。


「ウチの魔法を使えば海の中でも息をすることができる。だからうまいこと海に潜り込んでこーっそり、ここから離れようぜ?」

「OK。期待してる」


 それから2人して防空壕から静かに抜け出す。銃は防空壕の中に置いていった。エルフ兵に囲まれたらどのみち勝てないし、下手に発砲して気づかれるのもまずいと思ったからだ。


 見上げればすぐ真上に木々の隙間から空中戦艦が浮いているのが見えた。2人が名前の知らないその戦艦はブルムバーグが指揮を取るアルトノーウェンだ。


「飛龍隊も数が少ない。流石の奴らも真下に私らがいるとは想像してないだろうから下に注意は向かないだろ。森の中を捜索してるかもしれないエルフ兵にだけ注意しながら進もう」


 ヨナの言葉にコクリと頷いて屈みながら彼女の後を追う。周囲を見渡し、木の陰に隠れながら慎重に港の方へと向かう。そしてすぐに森と基地との境目のところまで来た。


「ティルが来てるって割には案外静かだな…」


 前回のティルの魔法を思い出した大神がボソリと呟いた。


「確かに…。それとも実はティルはまだ到着してなくて第五艦隊の方が弾切れになっただけとか?」

「それって結構まずくね?」

「まずいと思う…」


 2人して神妙な顔で見つめ合う。


「どうする?うまく海まで行けるか?」

「行くしかないだろ。海にさえ潜っちゃえば私がなんとかするから、とりあえず行こう。慎重に…」


 2人は上空に注意を向けつつこっそりと砲撃で崩れた建物の残骸に身を隠しながら進んでいく。どういうわけか地上にはエルフ兵の姿が見えない。


「……おうふ。猛虎もうこが入ってた倉庫が……」


 大神は途中にあった崩れた倉庫の残骸を見て顔を真っ青にした。


「これ、ティルのコレクションが並んでた倉庫だよな……」

「やっぱりあれはコレクションだったか……」

「発狂すんぞティルのやつ……」


 ヨナはティルがぶちぎれる様子を想像していた。他方で大神はまったく別のことを考えていた。


 ——— 着服分の会計のすり合わせどうすんだろう…。


 2人は崩れ去った倉庫を尻目に黙ってその場を立ち去った。

 

 沿岸までたどり着いたところで大神がふと気づく。


「あれ、哨戒艇だよな?」

「ホントだ。あの砲撃の中よく残ってたな…」


 大神はその哨戒艇を眺めながらふと思った。


「あれに乗ってそそくさと逃げるってどうだ?」

「いやぁ…、流石さすがに難しいんじゃないかぁ…?多分一発でバレるぞ」

「だよなぁ。やはり大人しく……」











「海に潜ってこっそり抜けよう……ですか?」

 










 2人の背筋が一気に凍った。お互いから出た言葉ではない、第三者のまったく違う女性からの声。


 ヨナは恐る恐ると言った感じで後ろを振り向いた。


「てっきりもぬけの殻だと思っていたのですがあなたが残ってたんですね。それともお隣の方を救出するためにわざわざ潜入したとか?それはご苦労様です」


 ニコニコ微笑むその人物の姿を認めてヨナは顔をこわばらせた。周囲を見ればどこに隠れていたのかエルフ兵たちが姿を見せ始めた。


「ですが残念でしたね。おそらく砲撃が鳴り止んだ隙に海に飛び込むのが安全と思ったのかもしれませんが、むしろ砲撃の最中の方がバレずに抜け出せた可能性がありましたよ。ちなみに砲撃が止んだ理由ですが、モスタウィッツ少将のロンギヌスが殲滅したからだと思います。少将閣下はこのまま艦隊を率いてシェール軍港へと向かわれるようで、確実に、この海域はエーデルガイドの統治下に入ることでしょう」


 エーデルガイドの将校であることを示す紺色のローブを纏ったその人物は微笑みは崩さず、けれども笑みのこもっていない目を向けながらヨナに言った。


「チェックメイトですよヨナ・ブルムバーグ上等兵。ああ、今はヨナ・アルナヤ軍曹でしたか?脱走兵は厳罰ですが、裏切りを働いたとなれば極刑になること間違いなしだって分かってますよね…?」


 その人物の言葉に大神は耳を疑った。


 脱走兵?つまりヨナは元はエーデルガイドの軍人だったのか?


 しかし大神のそんな想像はヨナが吐いた言葉にすっかりとかき消されてしまった。


「……姉貴」

「え?おまえって姉ちゃんいたの!?てか、精霊型のハイエルフにも姉妹って概念あったの!?」


 驚きのあまりそこで初めて慌てて振り返る。


 視線の先には顔は似てなくともヨナとほんの少し雰囲気の似た、左目の目元に泣きぼくろのある銀髪の少女が立っていた。


「ふぇ?」


 かわいらしい声を漏らしながら。

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