第29話 ブルックヤード沖海戦 6

 大砲やミサイル、魔法が飛び交うブルックヤード泊地。施設は片っ端から壊されて堤防以外にそこがどんな場所であるのかを示すようなものは失いつつあった。


 そんな泊地の中で、時の人である大神真一は、今もまだ防空壕の中で静かに縮こまっていた。


「この揺れる感じ、明らかに大砲とか飛んできてるよな…」


 防空壕の中に身を潜めているため、外の様子をうかがっていないが、それでも今ブルックヤード泊地が攻められていることはなんとなくだが理解していた。


 着弾したミサイルのすべてが第5艦隊が放ったものであるとは気づいていないが。


「やべえな。どうしよう。今ティルエールいないんだけど、ずっとこのまま?」


 ティルさえいればなんとかなるんじゃないかと楽観している様子から、外のことが本当によく分かっていないんだということがよく伝わる。


「やることないし腹減ったしどうしよう…?」


 防空壕に篭ってから何時間経ったのかもわからない。今でこそまだ大丈夫だがあと半日もすれば気が狂い始めるかもしれない。


 どうしたもんかと悩ませているとガサゴソと防空壕の入り口から音がした。


「……」


 大神は黙って銃を構える。どうやら敵はすでにブルックヤードに上陸しているらしい。もしかすると山狩をしているのかもしれない。


 まずいことになった。確かに銃は持っているが、砲撃をかましてくるあたり大規模な部隊で上陸したことがわかる。となれば仮にここを探り当たられ、それに対して攻撃をしたとして、周りにいる他の敵兵たちに気づかれる可能性がある。


 かと言って、このまま防空壕を散策されればもちろん見つかり、敵兵の前に引き摺り出されることになるだろう。


 どうしたものかと悩んでいるとガタリと防空壕の入り口の蓋が開けられた。草木の茂みでカモフラージュされていたのだが、見つかってしまったらしい。


 防空壕の最奥から入り口のある曲がり角に向かって銃を向ける。人影が1つ入ってくる。その人物は防空壕に入るや否やすぐに扉を閉める。そして明かりをつけて近づいてきているようだった。


 静かに銃を構え、息を殺して曲がり角から人影が出るのを待った。


 撃つか撃たぬか判断に迷う。まだ侵入者以外からバレていないのなら、侵入者を始末するのが早い。けれどももし侵入者の仲間が外で待機しているのならば下手なことをすると異常に気づいた外の兵士から確実に始末されるだろう。


 どうしようかと判断に迷いながら物陰から現れる人物を待っていると……。


「ッ!?わあああああ!?ちょっと待てちょっと待て!銃を向けんな!!!」


 聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。


 大神は慌てて銃を下ろして侵入者を見る。


 そこにいたのは飛行服を着たヨナだった。

 

 *******

 

 時は遡ること1時間ほど前。


 クルルカ島を出発した第4艦隊はまだブルックヤードから離れたところにいた。


「第5艦隊と敵第一機動航空艦隊とが接敵。戦闘が始まったようです。ブルックヤード泊地は接収されたとのこと。ただ第5艦隊の砲撃で、基地機能が破壊されているようで、どちらが攻めてるのかよくわからない状態とのことです」


 第4艦隊の司令室の中で参謀から報告を受けたリリアナは「そうですか」と返した。


「シンイチ・オオカミ氏の安否はわかりますか?」

「現時点では何も…」


 リリアナはため息を吐きながら一緒についてきたティルたちに体を向けた。


「とのことよ」

「バカじゃないのッ!?オオカミが取り残されてるって確かに伝えたのよね!それにもかかわらず泊地を攻撃って、死んじゃうかもしれないじゃない!」


 ティルは怒鳴り声を上げた。ニーアも不安そうな表情を浮かべ、ヨナに至っては苦虫を噛んだかのような表情を浮かべていた。


「落ち着きなさい。ブルックヤードは戦略的に重要な拠点です。奪われたとあってはムルストゥルス地方の安全を守ることができません。意地でも取り戻そうとするのは理解可能な行動です。オオカミ氏の安否よりもずっと重要な問題です」

「だったら最初から本気で防衛拠点を作りなさいよ!私を磔にするために遊ばせとくんじゃなくて!政局のツケをまとめてオオカミに押し付けてるだけじゃない!」


 ティルのいうことはもっともだった。これまでブルックヤード泊地を骨抜きにしたのは他でもない上層部の政局のためだった。その隙を突かれて占領されたのだ。司令官もいない島で一体誰がその責任を取るのか?けれども政局に励んできた彼らがその責任を取るようには思えなかった。


「急いでちょうだい!このままじゃオオカミの命が本当に危ないッ!!」

「分かってます。でも全力で駆け付けてもまだ2時間はかかるわ。それに私たちが接敵した時の対応も考えないと。相手は空中戦艦10隻。対してこちらは巡洋艦12隻。遠距離攻撃用のミサイルしかなく、それが空中戦艦まで届くかも怪しい。対して相手方には飛龍隊も居てこちらも防空対策をしないといけない。この2時間の間に第5艦隊から得た通信をもとに作戦を組み立てる必要があるわ」


 リリアナの言葉は正論であった。けれどもティルがそれに納得するそぶりは見せない。


「そんなんだったら私が直接行くわ!」


 ティルは部屋から飛び出そうとしたところをリリアナが慌ててその腕を掴む。掴んだ際、足の悪い彼女はよろけるが、もう片方の手で机を掴みなんとか立つことができた。


「あなた空中戦艦とは戦ったことないでしょ?あなただけじゃない。空中戦艦との戦闘は東亜軍に任せっきりで、連合軍は空中戦艦との実戦経験がほとんどない。そのせいで情報があまりないのよ。それを10隻も相手どって本当に勝てると思ってるの。確かにあなたは強いわ。飛龍隊相手なら大太刀回りするでしょう。でも空中戦艦は別よ。第6艦隊の戦闘やラカルナ航空隊の迎撃の様子を聞く限り、対空防御の備えは万全のよう。あなたの魔力だけで撃ち落とせるとは到底思えないわ」

「それでもッ!オオカミを助けに行くぐらいはッ!」

自惚うぬぼれるなッ!」


 バチンッと大きな音がする。周囲にいた人たちが皆息を呑む。リリアナがティルの頬を叩いたのだ。ティルは何が起きたのかわからず呆然としていた。


「あなたはあくまでも1士官にしか過ぎないわ。休職中の身であると同時に階級は私よりも下。ここは軍隊なの。勝手なことは許されない。これまでエーデルガイドが好き勝手してこなかったのはあなたという不確定要素があったからよ。それでも奴らは動いた。あなたに勝つ算段があったから。そんなところに突っ込めば蜂の巣にされるだけよ」

「じゃあどうすれば…」

「チャンスを待つ。それしかないわ」


 その言葉にティルはパタリと両膝をついた。その様子を見た人たちはその姿があまりにも痛々しくて目を向けることができないでいた。


 そんな中、その沈黙を破る人物がいた。


「なあ。頭を冷やすのも兼ねて、私に偵察させてくれないか?」


 声の主、ヨナの言葉に全員が振り向く。


「私が飛龍で途中まで飛ぶ。そんで海に潜ってこっそり近づく。砲撃のど真ん中だ。うまいことかわせば近づいてくる私のことなんか気づかないだろ。それに私なら魔法で海の中をスイスイと進めるからな」

「ですがうまく行くとは…」

「どのみちダメもとさ。オオカミの安否を確認するのにリスクを冒さないのは難しい。どうせこっそり見に行くかドンパチ相手とやり合うかの二択だ。それならまだこちら側に気づいていないうちにこっそり見に行くのも手だろ。飛龍一頭だけで赴いて途中からは海の中で潜んで近づけば、はぐれ飛龍が近づいてきたってぐらいにしか思わんだろうしな」


「それなら私がやれば」とティルが声を上げるがヨナは首を横に振った。


「ティルはこの艦隊の主力だ。いざ第4艦隊がドンパチやって最悪撤退しなきゃいけない時、それにうまくことにあたれるのはティルくらいしかいない。ここでちゃんと温存させとかなきゃ被害に遭うのはお前の姉貴だぞ?」


 その言葉にティルは押し黙る。ニーアは困惑したようにアワアワとしていた。


「分かりました。ヨナさんの出撃を認めます」


 リリアナがため息混じりで答える。


「ただし接近中に相手に気づかれてしまった場合は迷わず引き返してください。いいですね?」

「了解だ」


 ヨナは飛行服に着替えると急いで飛龍のいる格納庫へと向かい、適当に一頭を選んで借りる。彼女はその一頭に顔を当てて心の中で念じた。

 

 ——— 頼む。私に力を貸してくれ。

 

 ヨナのその願いが届いたのか飛龍は小さく鳴き声をあげてヨナに身を寄せた。


「そんじゃ行ってくるぜ」


 ヨナは飛龍を飛ばし、大神がまだ残っているであろうブルックヤード泊地へと飛んでいった。

 

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