第28話 ブルックヤード沖海戦 5
大神真一の経歴はそれほど知られていない。本人は隠すつもりはなく、なんならオープンにしてもいいと思っているのだが、その経歴を政局で逆手に取りたいと考えている偉い人からあまり他言しないようにと釘を刺されているせいもあって、ブルックヤードに来てからも一度も口を開かなかった。ティルたちから問い詰められなかったのも幸いだったかもしれない。
そんな彼の前職は東亜工業の工員だった。東亜軍や連合軍向けの武器を製造する立場の人間だった。ただそんな彼も最初から東亜工業にいたわけではない。東亜工業も彼にとっては転職先の1つに過ぎなかった。彼のそのまた前職は……。
東和共和国陸軍だ。
「おかしい…。この方は東亜軍所属だったはず…。なんで連合軍のそれも海軍に…?」
黒塗りの経歴と睨めっこしている。塗りつぶされた文字には東亜軍の履歴も載っていることは想像できたが、それ以外には何が埋まってるのか想像できなかった。
「出向…、ということでしょうか?だとしたら
再び倉庫に並べられている兵器の数々を見る。東亜陸軍と連合海軍とのパイプ役を彼が担っていたとするならばこれだけの規模の兵器を調達することは不可能ではなかったはず。そして、現時点で部隊に関する情報がなかったのは、まだ配置前だったから。おそらくそう遠くない将来に連合軍の陸戦隊か東亜陸軍が秘密裏に上陸し拠点防衛のための戦力拡充を図っていたのかもしれない。
ブルムバーグの背中に冷たい汗が流れた。
——— 上陸作戦を今決めて良かった。もしブルックヤードの拡充の可能性を放置して、計画を後ろ倒しにしていたらこちら側に甚大な被害が出ていたかもしれない。たとえ勝てる戦いだとしても。
意図的に戦力が削がれている時にはそこに何かある。
ブルムバーグのその予想の答えがまさに目の前にあった。
もちろん盛大な誤解である。
まさかティルエールの趣味で兵器のコレクションが並んでいるだけとは誰も思わないだろう。
もっとも勘違いを受けている大神自身は部隊の拡張案を本気で本部に提案しようとしていたのだが。
「ですがそうなるとたまたま配置が間に合わなかったというだけで連合軍はここの戦略的重要性を重く感じていたということに。となればたとえ第一機動航空艦隊が待ち受けていると分かっていたとしても、奪還のためにあらゆる手段をとる可能性が……」
彼女がそう呟いた途端。
大きな轟音と共に。突然天井が崩れ落ちてきた。
巻き込まれた彼女はなんとか防御魔法を展開して上から降ってきた瓦礫を防いだ。しかし部下たちのうち何人かは防御が間に合わず下敷きになってしまった。
「な、何が起きたんですか!?」
倉庫の崩壊から被害を免れた部下たちを引き連れてなんとか外に出る。目の前の光景を見てハッと息を呑む。あらゆる建物が破壊されていた。
「わ、私は砲撃の許可を出してませんよ!」
自分たちが乗っていた空中戦艦アルトノーウェンが独断で基地破壊を始めたのだと勘違いしていた。けれども事情はまったく異なっていた。
「た、大変です、中佐!連合軍がミサイル攻撃をしかけてきました!」
その報告を聞き、ブルムバーグは舌打ちをする。
「奪還のための攻撃か、新兵器の証拠隠滅か、それとも罠か。いずれにしてもここまで予想できなかった自分が恨めしいです」
彼女は憎らしげに海の向こうへと視線を向けた。
*******
連合軍によるブルックヤード泊地への攻撃。その意図について真剣に考えているブルムバーグだったが、実際の意図はその予想斜め上を向くものだった。
「中将閣下。本当にブルックヤード泊地を攻撃してよろしいのですか?」
シェール軍港所属の第5艦隊司令官ホルフナ・アーチランドは部下からの問いに「構わん」と返す。
「奪取されたとなれば基地機能を徹底的に潰すしかあるまい」
「ですが、今ブルックヤード泊地には事務職員が1名取り残されているとの情報が…」
「黙れ!どうせ敵の手に落ちたのだ!殺されてるに決まっている!いや!そうでなきゃ困る!あのオオカミが生きていたとあっては夜も眠れんわ!」
ホルフナにとって大神は憎き敵であった。彼に浮気調査をされ、それがバレて自分の嫁にリークされたのだ。しかも不倫に接待費を当てていたことまで明らかになり、妻とは離婚、本部での出世は諦めさせられてシェール軍港に左遷させられたのだ。
どう見ても自業自得である。
しかしホルフナにとってはそんなこと知ったこっちゃないとでもいうように、自分のことは棚に上げて、大神をエルフもろともまとめて海に沈めようとしていた。
「しかし、空中戦艦はどうするんですか!我らの兵器だけではアレを撃ち落とすことなどできません!迎撃されますよ!?」
「ナカルナ航空隊はどうした!さっさと全部隊をこちらに回させろ!」
彼は大神を抹殺することに頭がいっぱいで作戦立案など思考の外側だった。
第5艦隊はまだ第一機動航空艦隊とは距離がある。すぐさま空中戦艦の砲撃に晒されるわけではない。
しかし攻撃を受けたことに気がつき、艦隊がこちらに向かってくることは間違いなしだった。
「第5艦隊だけで対処できるとは思えません!第7艦隊と第8艦隊、それとクルルカの艦隊や東亜軍と連携をとった方が」
「そんなことは分かっておる!だがどうせ奴らはこのままシェール軍港に向かってくるのだ。奴らを近づけさせる前に消耗させることも肝心だろう!」
言ってるところは確かにそうなのだが、今回の作戦は明らかに
「それよりも大神はやったか!?」
「そんなの確認できるわけないでしょ…」
参謀たちは呆れたようにため息を吐くのだった。この戦いで果たして生き残れるのだろうか…?
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