第27話 ブルックヤード沖海戦 4

 ブルックヤード泊地南方50キロの沖合でナカルナ航空隊とエーデルガイドの第一機動航空艦隊が空中戦を行っていた。しかしエーデルガイド側の数の多さにナカルナ航空隊は劣勢に追い込まれており、僚機が幾つも撃墜された。


 その様を見て第一機動航空艦隊の総司令官であるモスタウィッツ少将は満足げに頷いた。


「我らが飛竜隊相手に戦闘機風情が勝てるとでも?」


 相手はミサイルや機銃を使うのでそれなりの被害は出ているが、それでもナカルナ航空隊はせいぜい数十機程度に対して、現在出撃中の飛龍隊は7000程度で彼女たちの魔法攻撃をかわしきるのは難しい。その上さらに後詰めの部隊が同等の数控えている状態であり、圧勝は明らかだった。


「ブルックヤード泊地にはティルエール・クロアベルが居るとのことだが、どのタイミングで出てくるかな?」


 ティルエール・ロワ・クロアベルはモスタウィッツにとって宿敵であった。7、8年前の人類側のムルストゥルス地方西部からの撤退の際、殲滅せんめつのために第一機動航空艦隊が派遣されたが、任務遂行の前にティルエールから先遣隊をたびたび全滅させられ、本格投入する前にまんまと逃げられるということがたびたび重なっていた。


 極め付けは4年前のクルルカ戦で、応援に駆けつける前に彼女に友軍を全滅させられ、見事に陥落。戦えば勝てるかもしれなかったが、そのような相手にリスクは取れないということで、急遽作戦は中止となり、撤退せざるを得なかった。


 その屈辱を晴らす時がついにきた。


 どうやらティルエールは軍の上層部から嫌われているようで、ブルックヤード泊地に島流し。その泊地も規模を意図的に小さくさせているようで、彼女は支援を得られない状態にあることは知られていた。


 さらに第一機動航空艦隊も、かつてに比べればその規模を倍に増やし、確実に物量で押せるように整えた。被害は出るだろうが、それでも連合軍をシェール軍港から撤退させられるくらいの戦力にはなっている。


 賢く、臆病な参謀ならばこの時点で負けを認めて撤退せざるを得ないだろう。


 モスタウィッツはクックと笑いながら窓の外を見る。


「さて、先遣隊としてブルムバーグ中佐を行かせよう」

 

 *******

 

「というわけですので、これより我々が先陣を切ってブルックヤードに上陸することになりました」


 ブルムバーグ中佐の言葉に部下たちは「ていの良い弾除けじゃないか」と不満の声が上がった。


「確かに相手はティルエール・クロアベルですが、流石さすがにこの艦隊の規模を見れば撤収せざるを得ないでしょう。多少の戦闘はあるかもしれませんが、泊地の人員の数はおよそ10人程度。哨戒艇も2隻あるとのことで、それらが撤収さえしてくれれば彼女もわざわざ戦おうとしないのではないですか?」


 ブルムバーグの言葉に参謀たちは何も言えなくなってしまった。


「総員、警戒しつつ、ゆっくりと上陸をしましょう。逃げる時間さえ与えれば我々の被害は大してないですよ。ああ、ナカルナの羽虫どもは遠慮なく叩き落としてください」


 彼女の言葉にその場にいたエルフ兵たちは敬礼をし、すぐさま上陸に向かった。


 この時点では、誰も予想できていなかった。

 

 今ティルエールが不在で、クルルカから向かっていることを。

 

 1人の男がブルックヤード泊地に取り残されていることを。

 

 そしてその男がシェール軍港から大層嫌われていることを…。

 

 *******

 

『第一部隊上陸しました』

『第二部隊上陸しました』

『現在敵司令部に突入。敵影なし』

『宿舎突入。敵影なし』

『工廠突入。敵影なし』


 通信機器から部下たちの声を聞く。ブルムバーグは静かにそれを聞いていた。


「すべての建物の制圧が完了したようです」


 通信士の言葉を聞いて初めてニコリと笑みを見せる。


「その様子だとさっさと撤収してくれたようですね。ティルエール・クロアベルは好戦的とは聞いていましたが、余程の事態でもない限りは無駄な戦闘は避けるタイプなのでしょう。我々としては願ったり叶ったりですが」

「今後はいかがいたしましょう?」


 参謀の言葉に「そうですね」と呟く。


「我々はブルックヤードに拠点を構えましょう。少将に連絡してシェール軍港方面への進軍を提案してください」


 ブルムバーグの言葉にすぐさま通信士がモスタウィッツのいる空中戦艦ロンギヌスに連絡を入れた。


「中佐。上陸したアルマノフ少尉から報告です。どうやら泊地の倉庫に陸戦兵器が隠されていたみたいです。ただ見たところ、連合軍の陸戦兵器というよりも東亜軍の陸戦兵器ではないかということで、調査員の派遣を求めておりますが…」

「東亜軍のものと思われる陸戦兵器ですか…」


 その報告に顔をしかめるブルムバーグ。連合軍の泊地であって東亜は一切関与してないはずだが、その東亜の兵器がなぜそこに、と疑問の念を抱いていた。


「確か泊地の裏手は森でしたね。もしかしたら東亜陸軍のゲリラが潜んでるかもしれません。制圧を。この規模で訪れてなおゲリラが潜んでる場合、彼らは決死の覚悟で臨んでくるはずです。注意してください

 さて、陸戦兵器についてですが、その兵器の調査には私も赴きましょう。どのようなものかこの目でしっかりと見ておきたいですからね」

 

 *******

 

 ブルムバーグは飛龍に乗ってそのまま陸戦兵器が隠されている倉庫へと向かった。倉庫の中に入ると彼女はそれを見て硬直せざるを得なかった。


「戦車2輌に対空砲3門……、自走砲までありますね……」


 倉庫の奥へと進み武器弾薬の数々を見る。


「機関銃5丁に自動小銃数十丁。榴弾も……」


 ブルムバーグは背中に冷や汗を流した。


「戦車1小隊に砲兵2小隊、歩兵部隊が4個小隊といったところでしょうか?陸軍大隊規模はありますね……」


 それほどの規模の武器弾薬がこの倉庫の中に放置されている。それがあまりにも不気味で仕方がなかった。


「これは明らかに東亜陸軍の最新鋭兵器……。実は東亜陸軍が常駐していた?それとも連合軍との間で兵器の共用が図られている?だとしたらこの規模の部隊は一体どこに……?」


 これほどの規模の兵器があるということはこれほどの規模の部隊がいるということだ。問題はその部隊がどこにいったのかということ。これだけの規模の武器を放置したまま、泊地から撤収することはあり得るのだろうか?


「中佐。地面にこれが落ちていました」


 部下に声をかけられ、彼女の手元を見ると1冊のノートが握られていた。


 ブルムバーグはそれを受け取り中身を見る。そのノートは東亜の言葉で書かれていて、内容は装備品のリストだった。


「綺麗なノートですね。まるで最近使い始めたかのような…」

「中佐!失礼します!」


 倉庫の奥から司令部内を調査していたエルフ兵が駆け足で寄ってきた。


「敵司令部から名簿が見つかりました。これを見る限りは、連合軍側の人員のみで、事前に聞いていた通り10人程度の分しかありませんでした。ただ、その…」


 名簿を拾ってきた。何やら言いにくそうにしている。いぶかしく思いながら、ブルムバーグは名簿を受け取り、中を見る。名簿は履歴書をまとめたもので、写真が貼られ、名前と経歴がアルビナの言葉で書かれていた。


「ティルエール・ロワ・クロアベル……。こういう顔をしていたんですね」


 ティルエールの名前は知っていても顔まで知ってるわけではなかった。長いこと姿をくらましている彼女の顔を初めて見る。


「こちらはニーア・ヘルベチカ・シャウツァー……。アルビナ大陸のお嬢様ですか……。それとヨナ・アルナヤ……」


 そこでブルムバーグは手を止める。そこに写されている写真を見て。


 彼女から発せられる不穏な空気を感じ取り、部下たちは一歩後ずさった。


「そうでしたか…。あなたはここにいたのですね…」


 ブルムバーグは一瞬だけ目を瞑り、それから先ほどまで見たものは何も覚えてないとでもいうようにページを進めた。


「あとは整備員とか警備員とかですね。やはり大して人員を割いていませんね。政局の渦に飲み込まれたティルエール・クロアベルの心労は察するというもの……」


 ふと一番最後のページをめくった途端に彼女は固まった。そのページは黒塗りで、経歴を一切見せないとでもいうような感じだった。覗き込んだ部下たちはそのページだけ黒塗りであることを不気味に思い、自分たちの上官はその不気味さから固まってしまったのだと予想した。


 けれどもブルムバーグはまったく違う感想を抱いていた。

 

「ふぇ?」

 

 とても可愛らしい声が漏れた。

 

 彼女はその顔に見覚えがあった。

 

 かつてリルカナのジャングルの奥地で。

 

 お互い泥まみれの姿で。

 

 確かにその人物と顔を合わせたのだ。

 

 彼女は名簿を握ったその手を振るわせながら、大きな声で叫ぶのだった。


「どうしてあなたがここにいるんですかあ!?」


 そのページの履歴書の人物は、大神真一その人のものだった。

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