第31話 ブルムバーグ姉妹

 エーデルガイドのエルフたちは森エルフと呼ばれることがある。これは精霊樹から生まれてくることから起因した名付けである。1つの精霊樹から生まれてくるエルフの数は1人だけとは限らない。何十何百と生まれてくることがある。特に長命で著名な精霊樹となれば。


 精霊樹にはそれぞれ名前がついていて、それぞれ精霊樹から生まれたエルフの姓には慣習でその精霊樹の名前が当てられる。エルファンドラの樹からならエルファンドラと、ノストーノの樹からならノストーノと。


 そしてヨナと彼女の姉であるユナは同じ日にブルムバーグの樹から生まれた。

 

「なるほど。森エルフの出生ってそんな感じなのか……」


 ヨナから受けた説明に大神は感心したように呟いた。


「いや、感心してんなよ。敵陣のど真ん中だぞ?」

「そうは言っても、おまえの姉ちゃん、さっきからあんな感じだし……」


 大神が指差すところにはヨナの姉、ユナが何故だか顔を赤くしてモジモジした様子で立っていた。


「……オオカミを見てからあんな感じだけど、身に覚えないのか?」

「いや、エーデルガイドのエルフの軍人に知り合いとかいないぞ?」


 大神がそう呟くて「え?覚えてないんですか?」とユナから返ってくる。その言葉にコクリと頷くとガーンとショックを受けたようにロッドを落とした。


「お、おい!ホントに覚えてないのかよ!例えば昔告ったりフったりしたことあるとか」

「エルフの女の子に告った覚えも告られた覚えもないぞ。てか敵国の軍人に告白するとか一体どんな状況だよ!」


 大神は目の前の少女と顔を合わせた記憶がなかった。


「だ、だってあなた…、リルカナにいましたよね…?」


 しかしその言葉に大神は目を見開いた。


「……ホントに俺のこと知ってるのか?」

「知ってます。あなたが1週間軍から抜け出していたことも…」

「軍から抜け出す…?あ!ああ!?まさか君、迷子の!?」

 

 聖暦2234年、今から9年ほど前、大神は陸軍に入隊し、リルカナ半島に派遣されていた。当時はまだエーデルガイドとはことを構えておらず、半島に暮らすエルフと入植していた東亜人との間にはそれほど不和はなかった。


 そんな彼だが、実は1週間だけ行方不明になったことがある。


 単独哨戒中での行方不明ということで、当時は襲撃や誘拐、脱走などあらゆる可能性を疑って各地で捜索されていたのだが、後日、川の下流で気を失っているところを発見された。本人曰く、森への巡回中に足を滑らせて崖から転落し、そのまま流されてしまったとのこと。確かに大神が配属されていた部隊の巡回ルートには崖があり、彼の発言には信憑性があったので、その時はことなきを得た。

 

 ところが大神はこの時、嘘をついていた。

 

 巡回中のルートの沼地で見つけた泥まみれのエルフの少女。

 

 彼女がエーデルガイド側の村の住民で迷子になっていたことを知るや否や。

 

 なんとこの男!

 

 誰からも許可を得ていないにもかかわらず!

 

 勝手にエーデルガイド帝国に渡ったのである!!!

 

 もちろん武装してる状態で!!!!!

 

「OK!俺が村まで送ってやるよ!」

 

 軍人らしからぬなんとも軽い男であった。

 

 その1週間の間、色々なことがあったのだが、それは置いといて、この時大神に救助された少女とは他でもないユナだった。

 

「そっかぁ。あの時の女の子かぁ。ずいぶん大きくなったなぁ…」

「ちょっと待ってくれ。オオカミって元東亜軍兵士だったのか?それと武装した状態でエーデルガイドに単身潜入したのか?てか迷子になってた姉貴を拾ったって……、まさかオオカミって姉貴の初こ…」

「シャラァァァップ!!!」

「ゴボエッ」

「ヨナああああああああああ!?」


 ユナの魔法がヨナの鳩尾に命中した。ヨナは白目を剥いて口から泡を出しながら気を失っていた。


「なんて酷いことするんだ!実の妹だろ!」

「し、仕方ないじゃないですか。その子、余計なこと言いそうになってたんですから」


 ユナは若干涙目になりながら肩をふるふると震わせて抗議した。その様子を見て彼女の部下たちは気まずそうに戸惑っている。


「コホン」


 ユナは一旦落ち着きを取り戻し、姿勢を正して前を見る。若干耳は赤いままだが。


「予期せぬ再会に少々驚きました。まさかあなたがこの泊地の関係者だったとは」


 彼女はローブの中から一冊のノートを取り出して大神に放り投げた。それを拾うと今朝、例の倉庫でメモをしたティルのコレクションリストだった。


「肝を冷やしましたよ。まさかブルックヤードの陸戦隊拡充計画を画策していたなんて。侵攻計画がちょっとでも遅れていたら大惨事でした」


 突然の彼女の言葉に訳がわからんとでもいう感じでポカンとする。けれどもユナはそんな彼の様子に気づかず話を続ける。


「何故倉庫に東亜陸軍の主力装備が眠っていたのか分からなかったのですが、あなたは連合軍と東亜軍との間に立つパイプ役。兵器があなたの斡旋あっせんだというのであれば納得がいきます。

 一時的に海軍戦力を後退させているかのように見えるブルックヤード泊地の基地防衛力を高める計画。ティルエール・クロアベル大尉を巻き込んだ政局は戦力増強から目を逸らさせるためのダミー。危うく騙されるところでした。さすがですね。ええっと…シンイチさん?」


 彼女はドヤ顔で自分の推理を披露すると同時に、どさくさに紛れて履歴書で見つけた彼の名前を口にする。初めて出会った当時は名前が分からず「兵隊さん」としか呼べなかったので、本名を知った今、名前を呼んでみたくなったのである。


 対する大神は彼女の話についていけずなんのこっちゃと目を白黒させる。


 ——— 話がついていけん…。


 しかしそんな大神の心境など知らず、ユナは言葉を続けた。


「ですが疑問に思うことがあります。あのテティルエール・クロアベルがあなたたち2人を見捨てて撤退なんてあり得るのでしょうか?シェール軍港の艦隊からは攻撃を受け、私たちは若干被害を受けましたが、ティルエール・クロアベルとは戦っていません。ブルックヤードから一時撤退するにしてもあなたたちが撤退するまで殿を務めるのが彼女の性分しょうぶんでは?彼女はいったいどちらにいるのでしょう?ええっと…シンイチさん?」


 またさりげなく名前を呼ぶユナ。ただ大神は今の問は理解できたので素直に答える。


「彼女は休暇だ」

「…はい?」

「だからティルエールは休暇中なんだよ。今月3週間ほど休みとって旅行に出てる。もっというとヨナも含めてこの泊地の人員はみんな休暇とって旅行に出かけてる。俺はその間のお留守番なんだ」

「ふぇ?」


 想像だにしない返答にユナは再びかわいらしい声を漏らした。


「じゃ、じゃあティルエール・クロアベルは今いったい何をしてるんですかッ!?」

「ヨナが言うには全速力でこっちに向かってるらしいが……」


 突然空がカッと光る。空を飛んでいた飛龍隊は次々と墜落し、直上に控えていたアルトノーウェンの警報装置が作動して警告灯がチカチカと光り始めた。



 

 ——— こんにちは、エーデルガイドの軍人さん。

 



 その場にいたすべての人の脳に彼女の声が鳴り響く。誰もがその声の主が何者なのか理解できていた。


「ちょうど来たみたいだな」


 大神は西の空を見上げる。彼の視力では輪郭を捉えることはできないが、彼の視線の先には確かにその少女が空を飛んでいた。


 連合軍最強の少女。


 ティルエール・ロワ・クロアベルが…。

 

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