第11話 泊地の奥に隠されたもの

 ブルックヤードに着任してから1週間が過ぎた。溜まっていた書類はすべてさばき終え、やることがなくなってしまった。大神は仕方なしにテレビをつけるが、面白い番組は特段ない。しかし他にやることもないから、つけっぱなしにする他ない。


「これはリラックみたいになりそうだな」


 小さく溜息を吐き、ソファーにもたれ掛かる。


 テレビの音だけが事務室の中に鳴り響く、自分以外誰もいない事務室。上層部は本格的にティルを飼い殺すつもりらしい。そのためだけにブルックヤード泊地を維持するとは、正直馬鹿げていると大神は感じていた。


 人類連合側が置かれている状況は正直いいものではない。連合軍本部が置かれている島国の東亜共和国。植民地があちらこちらにあるものの、本土自体は一見平和そうに見える。しかし、すぐ北にエルフの国、ヨーリッシャ王国が構えていて、休戦中ではあるにもかかわらず定期的に小競こぜり合いが起きている。東亜共和国の西にあるラインツフォンド大陸のヘルベフォルツ社会主義国。そこは西に隣接するオークの国オークランドと戦争しており、国境沿いのジュノーヴル戦線は現代兵器の実験場と揶揄やゆされるほどに焦土化が進んでいる。そこは地形が変わるほどで、もはやどこに国境があるのかもわからないほどに荒れ果てている。南方に行けばここブルックヤードのあるムルストゥルスと呼ばれる広範に島々が並ぶ地域があり、そこには東亜共和国やアルビナ諸王連合の植民地、あるいはエルフの部族がその島々で点在しているが、その西側に行くと、ハイエルフの国エーデルガイド帝国が待ち構え、東側に行くと海で暮らすエルフの国アトランティス海洋王国が待ち構えており、どちらも海戦でドタバタしている。戦場になってないのは東亜共和国の東側にあるアルビナ大陸の諸王国群だが、そのさらに東側にある魔族領ログリアノ王国とは緊張状態が続いており、いつ開戦してもおかしくはない状態だった。


 そんな中、最大戦力の1人であるティルを戦地でもなんでもない南方の無人島に、温存のためではなく政局の都合で縛り付けているのはハッキリ言って人材の無駄遣いとしか言えなかった。彼女の戦闘を間近で見たことはあまりないが、それでも彼女の過去の戦績を見た限りだとティルは遊撃部隊として力を発揮するタイプだ。


 しかも飼い殺しの過程もかなり馬鹿げている。クルルカ島奪還の立役者であり、ブルックヤード泊地に居を構えていた第76エルフ飛行連隊は強制的に解散させられ、隊員はあちらこちらに分散させられた。また、ここを拠点にしていた2個艦隊もシェール軍港やクルルカ島の海軍基地へと持って行かれている。その上でティルだけをここに縛り付けているのだ。下手な子供のいじめよりも悪質としか言いようがない。


 今でこそ、ここは戦場にはなっていないが、ムルストゥルスの西側にあるクルルカ島や東側にあるショアトルが陥落した場合、シェール軍港やナカルナ空軍基地だけでは対処できないだろう。特にブルックヤードの南側には連合軍の基地は何もなく、今でこそ敵の動きはないが、一度物量で攻められたらムルストゥルスは分断され確実に南方戦線は崩壊する。それなりに重要な拠点をこうも遊ばせるとは、上層部も作戦室も戦場をめてるのではないか?そうとしか感じられなかった。


 大神は頭の中で描いた地図に苛立ちを隠せず、頭を掻きむしる。


「しかも暗殺の話まで出てるとか、本当にどうなってるんだ?ヒト族は……」

「暗殺とは物騒な話ね」


 突然の声に声にソファーから滑り落ちそうになる。顔を上げればティルが立っていた。


「ああ。本土じゃ要人の暗殺計画の噂がちらほら流れてるんだよ。ガチなのか陰謀論なのか情報戦なのかそれすらも判断できないくらいに疑心暗鬼に駆られてやがる。ホント、なんで一枚岩になれないんだろうねぇ……」


 当事者であるティルのことは口に出さないよう、咄嗟とっさに口から出まかせを言う。


「ホントね。連合軍の仕組み自体が間違ってるんじゃないのかって私は感じてるわ。各国が国軍を率いて勝手にやればいいところを、『どこの国にも属さない新しい軍隊』なんてやろうものだから指揮系統も責任の所在も曖昧になってるの。連合軍の軍人は下手すると自分たちがなんのために戦ってるのか分からなくなってるんじゃないかしら?」


 ティルの言葉に「そうかもな」と返す。


「ところでなんの用だ?」

「ちょっと付き合って欲しい場所があるの。時間はあるかしら?」

「ああ。やること本当にないからな。暇つぶしならなんでも付き合うぞ」


 そう言うとティルに手招きされたのでそのまま彼女の後を追いかける。司令部の目の前に止まるトラックに乗って、泊地の中を走らせた。基本的にこの泊地で機能してるのは司令部、工廠、工房、食堂、寮ぐらいだが、使われていないはずの区画の方へとティルは車を走らせる。しばらくすると大きな倉庫の前に止まった。


 ティルはトラックから降りるとそそくさと倉庫の中へと入っていってしまう。大神は素直に彼女の後を追いかけた。


 中に入るとそこには兵器の山があった。


「……これ、陸軍が使っている兵器か?」


 戦車や大砲といった大型兵器の数々。最初は泊地機能がまだ健全だった頃の遺産かと思ったが、見れば最新鋭のものも見受けられた。


「しかも、東亜国軍の戦車まであるじゃないか……」

「あら、よく知ってるわね」


 ティルはコツコツと戦車の前に立つ。


「ここにあるのは私のコレクション……、じゃなくていつか泊地機能が戻った時のための予備の兵器よ」


 とんでもない言葉が聞こえたような気がしたが、話の腰を折らないように今は無視することにした。


「予備の兵器って、海軍にこんな兵器いるか?」

「要らないとも言えないでしょ?ブルックヤードで防衛戦やるのに上陸された時の備えがないのも問題だし、戦況によっては陸軍がここを経由する可能性だってあるんだから」


 それっぽい理由を並べるティル。よく口が回るもんだと思いながら「なんで俺に見せたんだ?」と聞いてみる。


「東亜工業で潜水艦作ってたみたいだから、もしかしたらこの辺の兵器なんかも整備できるかなって思って。たまに桑田たちに整備させてるんだけども、数は多いし専門的な知識がないと取り扱えないものもあるから。だから整備に要する人手が欲しいと思ってたのよね。今でこそ宝の持ち腐れだけど、本当に必要になった時に使い物にならなかったなんていったら笑えないからね」


 なるほどと大神は思った。色々とツッコミどころはあるが、一理ある。


 ——— しかし、東亜工業の話はボソッと漏らしたくらいなのによくここまで見せようと思うな……。


 内心不可思議に思いながら「俺なんかに見せてよかったのか?」と尋ねる。


「この辺のもの、部外者においそれと見せられるようなものでもなくないか?」

「アンタはもう部外者じゃないでしょ?この泊地の人間になればいずれか知ることよ」

「いや、だがなぁ……。どうやって調達したんだよ、これ……。主計局の耳に入ったら笑い事じゃ済まないだろ?」


 主計局。そこは連合軍の経理・財務を担当する部署だ。お金関係を担当する部署なので当然ながらお金周りの話にはうるさい。


「あはは。私を飼い殺すためにあるこの泊地に主計官なんて来ないわよ。まあ、あっちの耳に入ったら容疑者はどう考えてもアンタしかいないから、その時は海に沈めるだけだけどね」


 ものすごい恐ろしいことを言われて思わず背筋がゾッとする。しかし他方で気になる言葉が聞こえたので聞き返した。


「自分が飼い殺されてるって自覚はあったのか?」

「当然よ。あからさますぎるでしょ」


 ティルは呆れ気味にそう呟く。


「だからと言って、来たばかりの俺にそれを言うか?」

「どうせアンタもほぼ一生ここで縛られるのよ?どうせ味方に引き込むなら早いうちがいいに決まってるじゃない」


 サッパリとした性格なのだと痛感した。


「で、アンタはこの辺の兵器の整備、出来そうなの?」

「全部は流石に無理だが……、まあ、取り扱えそうなものはあるよ」

「そう。なら定期的に桑田と一緒に見てちょうだいね」


「分かった」と言うと、「じゃあ戻りましょう」と言われ、倉庫から出ていった。


 以来、大神は事務仕事がない時は、桑田と一緒に陸戦兵器の整備におもむくようになったのだった。

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