第10話 司令官のいない基地 3
魔法石。省略して魔石と呼ぶこともある。
エルフたちはヒト族と違って魔法が使える体質であるが、効率的に魔法を使うには補助道具があった方が便利だったり安定したりする。歩くだけなら誰でもできるが素早い移動には走るよりも自転車を使った方が速い、というのに感覚が似ている。
そんなエルフの補助道具の一つが魔石で、それを球体に加工した上でロッドに
ちなみに残念ながらヒト族が魔石を握ったとしても魔法は使えない。少なくとも、使える様子はまだ観察されておらず、魔法がエルフや魔族の特権であることは今後も変わらないだろう。
魔道具の点検を行なっているであろうズーウッドの名前をティルが呼ぶ。
「ズーウッド」
ティルの呼び声に、しかしズーウッドはすぐには反応しなかった。後ろからでは無視してるのか気づいていないのか判断がつかない。
「作業中はいつもああよ。本人の気が済むまでこっちに振り返ろうとしないわ。こういう時は諦めて待つだけよ」
そういうとそばにあった椅子を引きずりどかりと座る。大神も待つ以外に他はないことを察し、工房の中を見渡すことにした。色々な道具がある。作りかけの魔道具や魔道具を作るための器材など。そんな中、ある一つの魔道具が目に入った。大神は東亜本土にいた頃に見たことのある魔道具だった。
「これ、潜水艇の動力エンジンか?」
一瞬、空気が冷えた気がした。
「アンタ、それを知ってるの?」
ティルの声が心なしか低くなったような気がした。
「ああ……。東亜工業にいた頃に、開発中のものだが見たことはある。開発計画、頓挫してたと思うが……」
潜水艇。文字の通り水に潜る船だ。潜入型の艦船の必要性が叫ばれ、連合軍から東亜工業に開発依頼がきた時があった。その際、東亜工業では艦船の構造からエンジン部分、電気系統など、ある程度の製造までは進められていた。しかし諸々の理由により、開発は中止、
「海の底を見てみたい。生きている深海魚をこの目で見てみたい」
低い、しかししっかりとした男の声が大神の耳に届く。
「死に別れた俺の嫁の言葉だ。海の底に潜れるような船、そんなものがあれば、たとえ魔法が使えなくとも誰もが海の底を眺めることができる。海の深いところを泳ぐ魚をこの目で見ることができる。ロマンがあった。だから嫁が死んだ後だったが、軍に提案して作ってみることにしたんだ」
その言葉は潜水艇の開発の提案者が目の前にいるズーウッドであることを自白していることに等しかった。
「だが、色々あって開発は中止。東亜工業にいたんならその理由はわかるだろ?」
「ああ。密閉空間の中での酸素の供給やガス漏れ時の対応が難しかった。実際1号試作機では試乗乗組員4人がガス漏れによる酸欠で死んだ。その上、対人戦闘用ならともかく、対エルフ戦闘用となると、海の中を自由自在に泳げるアトランティスのエルフたちを相手にした潜入には意味がないからな。開発費の無駄だということで製作は中止。軍事機密ということで製作中の2号試作機が目の前で沈められたこと、今でも覚えてるよ」
大神は東亜工業にいた頃のことを思い出す。
「その様子だとおまえさんは潜水艇の開発に
「ああ。2号試作機の配電盤の製作と海中無線の製作をやってみた。もっとも海の中では無線は通じなくって作り損だったがな。あれ、どこで流用されたんだか……」
そう言いながら再び潜水艇用魔動式エンジンを見る。
「エンジン部分だけは東亜工業ではなく、連合軍で開発してて、完成品だけが送られてきたが……。そうか。コレ、アンタが作ってたのか」
「ああ。当時はすでにブルックヤードで働いていたからなブルックヤードから送っていた。開発中止の途端に関係する資料や部品は全部破棄されてな。1号試作機のエンジンのスペアに作ってたコレだけはなんとか難を免れた」
ズーウッドは懐かしそうに語った。
「……アンタ、本当に東亜工業出身だったのね」
「は?」
ティルの意味深な言葉に振り返るも、彼女は大神から視線を外し、ズーウッドに顔を向けていた。
「そうそう。アンタに書類を持ってきたのよ。今はそれだけだけど、まだまだたくさんあるわよ。後日、オオカミが全部持ってくるから覚悟してなさい」
「ったく。こんなに貯まる前にもってこいというのに。整理整頓ができてないんじゃないか?」
「工房中ガラクタだらけのアンタにだけは言われたくないわよ!」
ムキーッと怒りながらティルはズーウッドに書類を叩きつけた。ズーウッドはやれやれとでもいうような感じで、その書類を受け取る。
「サインをし終えたら、おまえさんのところに持っていく。……名前は何だったかな?」
名前を聞かれ「大神だ」と答える。
「オオカミ……。ウルフか。いい名前だな。覚えておくよ」
違うとは言いたいが、東亜以外の出身者だと漢字に
それからティルと工房を出て行った。
「とりあえず渡すべき人全員には渡したわね」
「ああ。書類運び、任せっきりで申し訳なかった」
「気にしないで、そっちの方が効率がいいからしたまでよ」
ティルは本当に気にしてない様子でそう返す。
ふと大神は気になったことがあり、ティルに尋ねてみた。
「話変わるが、ニーアはどうしてるんだ?」
「あの子なら哨戒中よ」
確かに昼食の時に後で哨戒任務にあたるというようなことを言っていた記憶がある。
「哨戒って…。哨戒艇って1人で操縦できるものなのか?」
飛竜騎兵であれば飛竜に乗っての哨戒を行うのだが、今のブルックヤード泊地は飛竜を飼えるほど規模は大きくない。飛竜を飼うのにも人手だの金だのがそれなりにかかるのだ。なので哨戒のやり方は自然と選択肢が減ることになる。
「一応できなくはないけども、1人だけで哨戒にいく時は、私たちは空を飛んで島の外周をぐるりと回るの」
「そっか。エルフは短時間なら飛べるんだったな」
ヒト族とほとんど似た姿をしてるからついつい忘れがちだったが、相手はエルフ。魔法の力で空も飛べてしまう人種だ。
「そういうこと。まあ、そろそろ帰ってくる頃合いだとは思うんだけどね」
「もう1人のエルフ兵はどうしてるんだ?ここにきてから一度も会ってないが、彼女も哨戒中なのか?」
まだ見ぬ3人目について尋ねると、ティルは小さくため息を吐いた。
「あの子は時々ふらりといなくなることあるのよ。正直どこにいるのか私でも分からないわ」
「いいのか?軍としては問題だと思うが……」
「仕方ないわ。どうせここは絶賛規模縮小中の海軍泊地。1人くらいいなくても回せるもの」
そんな彼女の言葉を聞きながら視界の端に目をやると1人のエルフが遠くの空からこちらに近づいていた。ついさっきまで話題にしていたニーアのようで、何だか楽しそうに手を振っていた。
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