第9話 司令官のいない基地 2
1人でポツポツと書類を
こんなに貯まるまでなぜ放置されていたのだろうか?文書管理組織としては既に機能不全に陥っていないか?そんな疑問が彼の頭の中を巡った。
昼飯は諦めるしかないかと思い、大神はそのまま仕分けを続ける。
食堂がそろそろ閉まるであろう時間になったとき、コンコンと扉が叩かれる音が聞こえた。そして大神の返事を待たずか、それとも返事が来ないことを予想してか分からないが、すぐさま扉が開いた。
「ヤッホー。仕事進んでる?」
ニーアだった。彼女は朝とは違う服を着ている。プロペラ機時代のパイロットが着るような飛行機乗りの服で、首元にはゴーグルが下げられていた。そんな彼女の手元を見ればお盆が持たれていた。
「食堂に全然顔出さないから心配で来ちゃったよ。はい、今日のお昼ご飯」
お盆の上にはスパゲティが置かれていた。
「……ああ、ありがとう」
大神はそれを受け取り、素直に感謝する。
一度仕事は脇に置いて、部屋の奥にあったソファーへと向かった。それで黙々と食べる。
そんな彼の隣に何を思ったのかニーアがちょこんと座った。大神はなるだけ気にしないようにしていたが、ニコニコと笑みを浮かべながら顔を覗かれると
「何?」と意を決して聞いてみる。
「なんでもないよ。美味しそうに食べるなぁって思ってるだけだから」
「そうか……」
それしか言えず、黙々と食事を再開した。正直気まずいことこの上ないのだが、ニーアはそういうことをあまり気にしないタイプなのか、終始笑みを崩さないで大神の食事の様子を眺めていた。
しばらくしてお皿の上を空っぽにすると今度はニーアが両手を伸ばした。
「片付けてくるよ」
「いや、悪いよ。片付けぐらいは自分でやる」
「遠慮しないで。仕事忙しいんでしょ?それに私のことは気にしなくていいよ。次の哨戒任務までまだ時間はあるから」
なんだか申し訳ないとは思いつつ、これから
「じゃあ頑張ってね」
そう言って事務室から出ていくニーアを見送り、大神は再び仕事を再開した。
とは言え、段ボール一箱分を仕分けるのがやっとで、まだまだある仕事に頭痛を感じる大神。今週丸々この仕分けに時間が割かれるだろうから一旦、ここで切り上げて、書類を届けにいくことにした。
まず最初に司令官代理でもあるティルのところへ。
司令官執務室の扉を叩くと「どうぞ」と声が聞こえたので、そのまま中へと入る。
「あら?何の用かしら?」
「段ボール1個分の書類の仕分け済んだからおまえさんの分、届けにきた」
「……上司相手におまえなんていい度胸してるわね」
「元来の俺の直属の上司は空席状態の『司令官』のはずだからな。おまえさんとは立場は対等なはずだろ?」
「一応、司令官代理だって言ったはずなんだけど……」
ティルは溜息を吐くが、これ以上は噛み付かず「それもそうね」とだけ言って書類を受け取った。16歳という年齢に似合わず大人の対応をするあたり、あまりヒステリックにならないタイプなのかもしれない。
「おまえさんがここの泊地の司令官になるなら言葉改めるが」
「嫌よ。私が一番嫌いな言葉は『責任を取る』なんだから」
一応ここの泊地の事実上のリーダーにはおよそ相応しくない言葉が飛び出してくる。
まさかそれが理由でここまで書類が貯まってたってわけじゃないだろうな?そう思うも口には出さなかった代わりに「その割には執務室にこもってるんだな?」と聞いてみる。
「誰かがやらなきゃいけない仕事もあるからね。アンタがきてくれたおかげでそれも楽になりそうだけどね」
ティルは大きく背伸びをする。
「本当のこと言うと、司令官派遣して欲しいんだけど、上層部は何がなんでも私の要望を聞きたがらないから」
ティルのその言葉はどこか弱々しく感じた。しかし彼女は陰鬱とした雰囲気を隠そうと大神に向き直って話題を戻した。
「その分だとリラックやズーウッドの分の仕分けもある程度終えてるんでしょ?書類運ぶの手伝うわ」
「いいのか?自分の仕事やらなくて」
「気にしなくていいわ。どうせ私でなきゃいけない仕事って言ったら経費処理の書類くらいだしね」
そう言って執務室から出ていってしまった。大神がそのあとを追うとティルは魔法で机の上に置かれていた仕分け済みの書類を持ち上げてこっちに持ってきた。
「……よくこの量捌けたわね」
「こっちからすればこの量になるまでよく放置したなとしか」
「ぶっちゃけ経費関係以外の書類なんて遅れて出してもどうとでもなるから。どうせ武器や設備の調整の記録とか、備品管理とか作戦要綱とかそんなのばっかよ」
「一応基地は基地だろ?哨戒記録とかはちゃんとつけてるのか?」
「付けてはいるわ。ただ、常に哨戒しなきゃいけないほど規模が大きくもなければ、不安定な海域でもないからね。夜の哨戒任務も省略してるわ。基本は待機よ待機」
「本当にやることないんだな……」
–––––– こんなダラダラ基地を維持するメリットやっぱないだろ。上層部は何を考えてるんだ?本当にティルエールを飼い殺すためだけのために維持してるのか?
大神は心の中で呆れ返っていた。
「まずはリラックのところに行きましょう」
ティルにそう言われ、彼女の後を追って最初は同じ建物の1階にある医務室へと向かう。医務室に入ると、テレビをつけてバラエティ番組を見ているリラックが居た。
「白昼堂々サボりとはいい度胸ね」
「ハハハ。怪我人がいなければなんの仕事もありませんからね。不幸がないって証拠でいいじゃないですか」
リラックは一旦テレビの電源を落として椅子から立ち上がった。
「書類、まとまったんですか?」
「ええ。これがアンタが決裁しなきゃいけない分よ」
リラックが処理しなくてはならないものは、医務関係の備品の管理や医療設備の管理状況、健診記録などなどだが、これまたここまでよく貯めたものだと思う。
「よくこんなになるまで貯めたな」
大神がそう言うとリラックは「いやぁ……、恥ずかしながら面倒だったんで」と返す。
–––––– いや、書類はちゃんと管理しなきゃダメだろ。
そう心の中でツッコむが、リラックはパラパラと書類やら官報やらに目を通して「あとで提出しますね」とだけ返した。
「ほら、ボーッとしない。次行くわよ」
ティルにそうせかされ、渋々彼女の後を追った。
次は工廠。工廠といっても大きな基地での工廠とは異なり、軍艦や魔動式飛行機を整備できるほどの大きさはなく、精々小型船の修理か魔道具の修理ができる程度の大きさだ。場所は司令部からそこそこ離れていて、歩いて5分くらいのところにあった。
大神たちが工廠に顔を出した時には、整備員たちは何やら魔導式のエンジンをいじっているようだった。
「クワタ。アンタの分の書類を持ってきたわよ」
「大尉!お疲れ様です!」
ティルの声に反応するや否や、桑田たちは手を止めて一斉にティルに敬礼する。リラックの時と比べて上下関係がしっかりしてる。
「わざわざ大尉自らご足労いただいて申し訳ありません……」
「これくらいどうてことないわよ。どうせ暇だし」
——— それはそれでどうなんだ?と言うか暇と言えるほど書類仕事全然手をつけてないじゃねーか。
心の中でそうツッコむ大神をよそに、ティルは桑田にポンポンと書類を渡す。
「結構溜まってますね」
自覚あるのかよ。
「これで全部じゃないわ。オオカミがそのうちもっとたくさんの書類を持ってくるはずよ」
なぜお前が偉そうにいうんだと大神は思ったが、よくよく考えれば偉い人だった。
ティルと桑田が事務連絡を交わしている間、大神は先ほどまで桑田たちがいじっていたエンジンを見上げる。
魔力を動力に動かすエンジン。大きさはクルーザーの燃料エンジンくらいはありそうだった。しかしこの大きさでも、この泊地の1ヶ月分の電力は賄えるほどのエネルギー量がある。
魔動式のエンジンはエルフやドワーフにしか作れず、ヒト族の力だけでは製造できない。精々点検や整備、あとは小さな補修くらいだ。しかしある程度、熟練のものであれば、ヒト族であっても組み立てや修繕くらいならできるようになる。ここにはドワーフもいるから、大掛かりな修理が必要な場合であっても、なんとかなるかもしれない。
「気になるか?」
桑田にふと聞かれて大神は振り返る。
「気になるってほどじゃないが……。今は何をしてるんだ?」
「定期点検だよ。魔力漏れとかあったら大変だからな。この泊地の予備電池なんだが、以前、欠陥品を掴まされて色々大変だったんだ。だから、なるだけ点検は欠かさないようにしてる」
桑田の言葉に「あったわねぇ、そんなこと」とティルが懐かしそうに呟いた。その目はどこか遠いものを見ているかのようだった。
「予備電池の点検、わざわざここでやるんだな」
「ああ、まあな。使用中のエンジンの点検ならそう易々と取り外せない。だからその場でやるんだが、予備電池は文字通り予備だからな。倉庫から引っ張ってきて、ここでやった方が色々と楽なんだよ」
「なるほどな」
大神はそう呟いて、エンジンの側へと寄る。見た限り、泊地の電力を賄うタイプの魔動式エンジンだ。ただ、この形状でも、必ずしも電池代わりにだけで使うわけではない。大型の飛行機やそこそこ大きな船の動力エンジンとしても使えるくらいの大きさだ。とは言え、この泊地の規模ではそういったエンジンに代用することは難しいだろう。まず飛行機や船を動かす人員が圧倒的に足りないのだから。
「一応聞くが、哨戒艇のエンジンの点検とかもここでやるのか?」
まがいなりにもここは海軍泊地だから、哨戒用の船の一艘や二艘はあるはずだ。基本的にこの泊地で動かすのはティルやニーアたちだろうが、当然そういったもののメンテナンスは必要だ。
「まあな。すぐ隣に小型船専用のドックがある。そちらに移動させて見てるぞ」
「なるほどな」
ドックらしきものが見当たらなかったが、建物が違うなら当然だろう。
「それじゃあ、書類の決裁頼んだわよ!」
ティルが語気を強めに桑田にいうと「もちろんです!」と語気が強めの返事が来た。
「奥に行けばズーウッドの工房があるわ」
彼女はズカズカと奥へと歩き出す。すると桑田たちは書類を脇に置いて仕事を再開した。
大神はそんな彼らを
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