第8話 司令官のいない基地 1

 翌朝、移動の疲れが残っていた大神はそれでも朝食の時間にはなんとか起きて、半袖のワイシャツと黒のスラックスを身に付けてから宿舎と司令部の間にある食堂へと向かった。食堂で朝食を軽く食べ、その足取りで司令部にある事務室へと歩いて向かう。さすが赤道直下の地域なだけあって、朝っぱらから汗をかいてしまった。


 事務室にはまだ人はおらず、ガラリとしていた。しかし、人がほとんどいないこともあってか、鍵はかけられておらず自由に出入りできそうだ。


「おはようさん」


 声をかけられ、振り返るとそこには作業服姿の桑田が立っていた。


「昨日はゆっくりできたか?」

「ああ。かなり疲れてたようだから、布団に入ってすぐに寝落ちしたよ」


 あくびをしながらそう答える。


「あんたも事務室で仕事することあるのか?」

「人手が足りない時はそうだが、基本は工廠こうしょうにいる」


 工廠というと大袈裟だが、魔道具や哨戒艇の整備をする場所だ。昔は軍艦の整備もできたらしいが、ここまで規模が小さくなると人員が足りないこともあってまともにそういったこともできないだろう。


「へぇ。じゃあどうしてこっちに?」

「おまえさんの顔合わせを改めてやるためだな。昨日いなかったズーウッドとも顔合わせする必要があるだろ」


 そう言ってると後ろから他の整備員やら医務官やらがゾロゾロと現れ、最後には昨日と同じように士官服を着たティルと昨日とは違って同じく士官服を来ているニーアが現れた。


「ひとまずほぼ全員揃ったわね。一応昨日も食堂で紹介したけど、新入りの紹介を改めてするわね。シンイチ・オオカミよ」


 名指しされ、ひとまず自己紹介する。


「昨日付でこっちに転属になった大神だ。前の部署は総務課。その前は東亜工業で工員をやってた。よろしく」


 社交辞令的な拍手がまばらとなる。 


 一方でティルはというと目を丸くしていた。


「アンタ東亜工業の人間だったの?」

「あれ?履歴書、回ってなかったか?」


 大神の言葉に一瞬黙り、一度事務室から出てしまう。しばらくして戻って来たと思うと紙を一枚渡された。見れば大神自身の黒塗りの履歴書だった。経歴欄なんかはあからさまに全部黒く塗りつぶされている。なんなら連合軍本部に就職した年月もだ。


「……これは経歴隠せってことなのか?」

「……念のため、これまでのことは聞かないでおいてあげるわ」


 ティルは顔を引きらせて答えた。


「それじゃあ、他の人たちを紹介するわね」


 そう言って、昨日食堂にいた人たちを改めて順々に紹介していく。


「彼はクワタ。整備員の班長をしてるわ。他3人は彼の下で働く整備員。そこの白衣着てるのが医務官のリラック……。ちょっとズーウッド!まだ帰らないで!昨日食堂に来なかったアンタのためにやってるんだからね!」


 ティルの怒鳴り声の先を見ると1人のドワーフが部屋から出ようとしていた。


「あの偏屈ドワーフがズーウッド。ここの工房の責任者よ」


 一通り挨拶を終える。


 ふと1人足りない気がしたので、ティルに聞いてみた。


「ああ……。ヨナね。まだ見つからないのよね」


 –––––– おい。人員管理全然できてねーじゃねーか。


 心の中で思わず突っ込んでしまう。


「まあ、大丈夫よ。ここの泊地、そんなに忙しくないし、1人2人抜けたくらいで壊滅するほどやわじゃないわ。なんてったってこの私がいるんだからね」


 ここぞとばかりにティルは胸を張ってドヤ顔を浮かべる。「よっ!大尉!」とニーアがはやし立てた。


「それは置いといて。ヨナに関しては見つけたらその時紹介するわ」

「ああ。分かった」

「というわけで……」


 そう言ってもう一度ティルは事務室から退出し、しばらくして3箱くらいの段ボール箱を魔法で空中に浮かべながら戻ってきた。持ってきた段ボール箱の中を開ければ、中から大量の書類や資料が現れた。


「ここがアンタの机。今からここにある書類全部に目を通してさばいてちょうだい。私が決裁しなきゃいけないもの、リラックがしなきゃいけないもの、ズーウッドがしなきゃいけないもの、クワタがしなきゃいけないもの、それをまず仕分けして。それで仕分け終えたらそれぞれのところに書類を運んできてちょうだい」


 急に仕事を言い渡された。


 –––––– 随分な分量だな……。これを1人でやれと……?


「そう言えばここでのアンタの肩書き、まだ決めてなかったわね。よし、では今日からアンタは事務長よ。事務長と名乗りなさい。事務方の決済については一応私に確認を取った上でアンタの名前で署名するのよ」


 事務長と言っても事務員は自分しかいないからあまり意味のない肩書きでは?とは思ったが、口には出さない。


「以上。それじゃあ各自持ち場に戻りなさい」


 そういうとその場にいた全員がそのまま部屋から出ていった。ニーアが軽く手を振って「頑張ってね」とエールを送ってくれたが、彼女もまた事務室から出ていってしまう。


 空っぽになった事務室を見て、大神はただただ呆然としていた。


 –––––– 本当に1人でやれと……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る