第12話 3人目のエルフの少女

 書類仕事がなく、テレビも飽きてしまったある日、ついに大神は開き直って釣りに出かけた!今日はティルとニーアは桑田と一緒に哨戒艇に乗って哨戒に行っている。比較的安全な海域だし、事務室に常駐する必要もないだろう。そう考えてのことだった。


 のんびり釣り糸を垂らしてはみるが、まあ、そうそううまくはいかない。ウキはなかなか動かなかった。

 

 〜〜〜〜〜。

 

 どこか遠くから笛、おそらくフルートの音が聞こえた。大神は周囲を見渡すが、視界には音の主は映らない。気のせいかとは一瞬思ったが、綺麗な音色に耳を誤魔化すことはできなかった。


 大神は釣り道具を片付け、撤収することにした。そして、音の主を探すことにした。


 音は基地の裏側にある森の中から聞こえてきた。人が足を踏み入れた形跡があり、草が若干禿げている箇所を辿たどる。どうやらこの先は丘のようで傾斜になっているが、大神はスイスイと登っていく。


 少し切り開かれた場所に辿り着くと、小屋があり、そのすぐぞばに比較的短い白銀色の髪をした少女がワンピース姿で横笛を吹いていた。


「ん?誰?」


 何者かが訪れたことに気づいた少女は笛の音を止め、大神のいる方へと振り向く。彼女は大神の顔を見るなりポカンとしていた。体を硬直させたまま「え?」ともう一度つぶやく。


 大神も心の中で「誰だ?」と思っていたが、見れば彼女の耳は長く尖っていた。


 ハイエルフだ。


 そう気づいた瞬間に大神の頭の中で色々と繋がり、すぐさま彼女こそが3人目のエルフ兵なのだと気づいた。


「ああ、はじめまして。大神真一、半月前にここに赴任してきた事務職員だ」


 大神は自己紹介をするが、少女は何故だか放心していた。


「嘘だ…、ありえない…、どうして今…?」


 何やらブツブツと要領を得ない喋りをしている。大神は「君は?」と声をかけた。


「あ?ああ…、私はヨナって言うんだ。ヨナ・アルナヤ、階級は軍曹。まあ、下士官だけどここじゃあ部下はいないんだよなぁ…」


 困ったように笑いながらそう自己紹介した。それからヨナと名乗った少女は大神の方へと赴き、顔を覗き込む。


「まさか……」

「な、なんだよ」

「あ、いや、なんでもない」


 ヨナは再び困ったような笑みを浮かべる。正直、彼女の挙動は気にはなったが、今は何もつっつかないことにした。


「今までずっとここに居たのか?」

「え?ああ、まあな。たまにここでフルートの練習してるんだ」


 なんとなく何かを隠している気がする。だが初対面の少女相手に色々と疑ってかかるのも失礼な話なので、大神は引き続き気付かないふりをした。


「見つかっちまった以上、ここに居続けてもティルやニーアに色々言われそうだから引き上げることにするよ。ちょっと待っててくれ。片付けるから」


 ヨナはフルートの手入れをしながら楽器ケースへと丁寧にしまった。


「森の中とはいえ、海がすぐそばにある。潮で楽器やられやしないか?」

「ん?そんの辺大丈夫じゃないかな?ミスリル製だし」


 大層高価な素材で作られた楽器だった。


 片付けを終えて立ち上がると片手に楽器ケース、もう片手にはロッドを携えながら、すぐさま大神の横に並んだ。


「じゃ、帰ろうぜ」


 帰り道、ヨナから色々と話しかけられる。どこの出身だの、今まで何をしてきたのだの、色々と。黒塗りの履歴書のこともあるので、大神は当たり障りのない回答をしていたが、何故だか彼女は興奮した面持ちで話しかけていた。


「しっかし、この時期に人が来るとは思わなかったぜ。人が一方的に減らされていくものとばかり思ったからよ」


 ヨナはニカッと笑いながらそう答える。心なしかどこかワクワクしているように見えた。


 そんなヨナを見て大神はほんの少し首を傾げる。


「昔どっかで会ったことあるか?」

「え?」


 ヨナはキョトンと首を傾げる。それからクックと笑い出した。


「なんだよそれ、新手のナンパか?」

「いや、そういう訳じゃないが…」


 ヨナの風貌ふうぼうには正直見覚えがあった。心当たりのある人物が一人いた。しかしその人物は死んだはずで、今目の前にいる人物とは違う人物だと考えた。もしかすると想像していた人物の親族の可能性も疑ったが、そもそもその人物は敵国の人間なのでまったく関係ないだろうと片付け、無視することにした。


 森を抜け、基地の裏手から中へと入っていく。


「いやぁ……、ここ来るのも久しぶりなんだよなぁ……。1ヶ月くらいちょっとボイコットしてたから」

「サボってたのか……」


 呆れ気味に口にする。確かにやることがほとんどない泊地だが、リラック以上に堂々としたサボりにもはや尊敬の念すら抱いてしまう。


「色々とやってはいたんだけども、ここでの仕事とは正直関係ないことだから、サボってるって言えるな、うん」


 どこか偉そうに腕を組んで答えるヨナ。


 そんな彼女に呆れの表情を向けると、ちょうどその瞬間にサイレンがなった。


「え?警報?誰が鳴らしてるんだ?」


 両手で数えるくらいしかいないはずのこの泊地で警報を鳴らすための監視員も職員もいないのでは?と思ってしまう大神。


 他方でヨナは顔色を変えた。


「ティルが作った索敵魔法を警報と連動さてるんだ」


 どうもティルは自分が不在の時でも危険を知らせられるように基地を中心に半径5キロを索敵できる魔道具を開発していたらしい。それが警報と連動しているのだとか。すごい技術だ。


「悪い、先に司令室行ってくる!」


「あ!ちょっと!」と呼び止めようとしたが、彼女は話を聞かずにそのまま飛んでいってしまった。


 なんとなく厄介ごとの気配を感じた大神は急いで早足で司令部へと向かう。


 走ること10分、建物の前にたどり着いたところで、ちょうどロッドだけを抱えたヨナがワンピース姿のままで司令部から出てきた。


「おい!オオカミ!ティルたちはどこいってるんだ!?」

「哨戒艇で哨戒に行ってる」

「マジかよ。私しかいないのかよ」


 ヨナは何やら焦っていた。


「何があったんだ?」

「未確認の飛行物体が南側からこっちに上がってきてる。影は3つ。所属不明。連合軍の戦闘機か東亜国軍の戦闘機かエーデルガイドの航空部隊か、はたまた魔物のたぐいか、まだ分かんねえ。とりあえずオオカミは防空壕に向かってくれ。私が様子を見てくる」

「1人で平気か?」

「やるしかねーだろ」


 そう言ってヨナは空へと上がっていった。大神はそれを見送ることしかできなかったが、ヒラリと見てはいけないものを見た気がして慌てて視線を逸らした。


「あ、やべ。防空壕の場所聞いてねえや……」


 大神は額からツーっと汗が流れた。


「と、とりあえず工廠に行ってズーウッドや他の整備員のところに行くか…。いや、医務室に行けばリラックに会えるか?」


 司令部内の医務室へと走って向かう。しかし中には誰もいなかった。もしかすると警報が鳴り次第、移動してしまったのかもしれない。


 仕方なしにと思って今度は工廠へと向かう。だが工房も含めて中には誰もいなかった。


「え?マジでみんなどこ行ったの?」


 あたふたしていると、ドスンッと地面が揺れた気がした。


「……」


 とっても嫌な予感がした。恐る恐る出口へと向かう。出口からそぉっと顔を覗かせると、そこには体長5メートルくらいの飛竜が座していた。


「マジかよ……」


 見た限り、背中にくらは付いていないようなので、連合軍、エーデルガイド問わず、エルフの飛竜隊の飛竜ではなさそうだった。しかし逆にいうと人の手が入っていない野生の飛竜ということになるので、下手すれば攻撃される可能性があった。


「安全地帯じゃないのかよッ!」


 てっきり南方の戦力のほぼ空白地帯なので、比較的安全だから平然と空白にしてるのかと思えば、案外そうでもなかったらしい。上層部の無能さに対する評価が大きく変わった。


 ふと、顔を隠そうとする途中、飛竜と目が合った。


「ヤベッ!?」


 大神は工廠の奥へと走って行った。しかし瞬く間に工廠の入り口には飛竜がすでにいた。


「早すぎるだろッ!」


 大神はすぐさま通用口へと向かう。通用口は人が通れるくらいの大きさなので、飛竜はドアを突き破りはしたものの、そこから出てくることはできないでいた。


 しかし安心はできない。無理やり建物を壊して出てくるかもしれない。


 大神は迷わず背を向けてその場を離れることを選んだ。


 今の大神は一介の事務職員。武器なんて持ってなどいない。あれば戦うという選択肢をとれたかもしれないが魔法の使えないただの人間が武器なしで飛龍に立ち向かえるはずなどないわけで、逃げる以外に賢い選択肢などあるわけがなかった。


 キュインッ、と空から聞き覚えのある音が聞こえる。上を見上げれば、ヨナが飛竜相手に空中戦を仕掛けているようだった。キュインッ、と音を鳴らしながらロッドから光が飛び出る。しかし飛龍も小回りが効くようで、うまいことかわしながらヨナへと迫っていた。


「空に1匹、真後ろに1匹……。あれ?影は3つあるって言ってなかったか?」


 ヨナの言葉を思い出したところで突然上から何かが迫ってきて、吹き飛ばされてしまった。


「ッ!?……クソッ!!」


 地面に叩きつけられながらすぐさま起き上がると目の前には3体目の飛竜が止まっていた。


「オオカミ!?」


 ヨナの声が聞こえたかと思うと、身体が急に浮き上がった。気がつけばヨナに抱え上げられていた。


「防空壕行けって言っただろ!」

「場所がわからなかったんだよ!」


 ヨナは大神を抱えながら海の方へと低空飛行する。飛竜は3体ともにヨナたちを追いかけた。


「飛竜も図体でかいからな。これくらいの低さならそうそう近づいてこないよ」


 そうは言っても、しかし追いかけてはくるわけで、次に何をされるのだろうかという恐怖は消えない。


「これからどうするつもりだ!?」

「分かんねえ!ティルたちがいれば合流したいが、あっちも今どこにいるのか分かんねーし。チクショウ!帰ってくるタイミングミスった!」

「魔力はもつのか!?あとどれだけ飛べる!?」

「もつにはもつ!」


 そうはいうものの大神を抱えたまま飛ぶ彼女の魔力消費は激しいのではないかと予想できた。かなり速い速度を出してるが、同じくらい、もしくはそれよりも速い速度で飛竜たちが迫ってくる。同じ高さで飛ぶことはできなくても、ヨナたちを海面に叩きつけることくらいは造作ないことなのだろう。徐々にヨナたちの真上へと近づいてきた。


「やばいやばいやばい!?」

「ヨナ!俺を海に捨てろ!一旦お前一人で体勢を立て直せ!3体相手でも魔法使ってくくらいはできるだろ!」

「バカヤロウ!そのあとどうすんだよ!海は広いんだぞ!あとで回収するのだって一筋縄にはいかないんだからな!」

「だが俺抱えて両手塞がってる状態でどうやって戦うんだよ!このままだと二人揃って海にドボンだぞ!」

「分かってる!今考えてるんだ!」


 そうは言うが、ヨナの口調は明らかに焦っていた。取れる選択肢が本当にないのだろう。飛竜1体だけならともかく、3体も出てくると気を回す余裕がなくなってくる。ただでさえ低空飛行なのに、魔力切れが近いのか、さらに高度が低くなってきた。


「クソォ!ティル!ホントにどこいんだよ!」


 ヨナの泣き言が耳をつんざく。

 

 —— ったく。今度、防空訓練もしてあげないとね。

 

「「!?」」


 ティルの声が聞こえた気がした。

 

 —— アンタたち、そのまままっすぐ向かいなさい。狙いがズレるから変な動きしないで。

 

 頭の中に彼女の声が聞こえてくる。一体どこにいるのかとキョロキョロしたところで、飛竜の断末魔が聞こえた。2人揃って振り返ると飛竜の1体が輪切りにされるのが目に映った。


 突然バラバラになった仲間を見て残りの2体は急停止し、周囲を見る。見上げると遠くの方に人影があるのが見えた。

 

「はぁ。やっと離れたわね。これで心置きなくトドメをさせるわ」

 

 その声の主、ティルはロッドに魔力を集中させる。


「せっかくオオカミが見てるのだもの。ちょっとくらいサービスしてあげようかしら」


 そう言うとロッドから巨大な火球が現れた。それも2つ。


 ただ事ではない雰囲気な生き残った飛竜たちは察し、その場から離れようとする。しかしそれよりも早く、火球が放たれるのだった。


 2つの火球はそれぞれ別々の飛竜の元へと向かい、そして骨すら残らぬ劫火ごうかを浴びせた。断末魔はそこへ鳴り響き、同時に突然投げ込まれた火球の熱で海の水が一瞬蒸発し、しかしその直後に急激に冷えて、雨に変わって波飛沫なみしぶきと共に大神たちの頭上に降り注いだ。


 びしょ濡れになった大神とヨナの下に飛行服を着たティルが近づく。


「2人とも大丈夫?」

「あ、ああ。助かったよティル」


 ヨナの声には安堵あんどが含まれていた。


「オオカミ、アンタも災難だったわね。ごめんなさいね。戦闘はしばらくないものだと思ってたから、こういう時の対応をちゃんと伝えるのを忘れてたわ」


 ここ半月の彼女からは想像できない、申し訳なさそうな声に「ああ、俺もちゃんと確認しときゃよかったよ」となんとか返す。


「とりあえず帰りましょう。ヨナ、魔力補充してあげるわ」


 心なしかヨナの身体が軽く光った気がした。


「それとアンタ、スカート姿で空なんて飛ぶものじゃないでしょ。オオカミに見られるわよ」

「あっ!」


 やっと気がついたようで若干顔を赤くしながら抱えている大神の頭を見るヨナ。


 しかしそのかたわらで大神は呆然とティルを見ていた。


 圧倒的な魔力だった。圧倒的な火力だった。ヨナは十分やれていたが、それをくつがえすほどの圧倒的な力だった。


 ブルックヤード泊地がここまで規模が小さくなっても上層部が平然と放置してしまっている理由が目の前にあった。


 確かにこの泊地の防衛には彼女一人でも十分だ。

 

 *******

 

 その日、ティルは上機嫌だった。ホクホクだった。ほとんど敵や魔物が襲来しないブルックヤード泊地では活躍する機会がそうそうないからこそ、その機会が巡ってきたことに大層ご機嫌だった。その上、大神という新たな観客が居たのだ。格好いいところを見せたくて張り切っちゃったのだ。そして見事、危ない状況に陥っていた2人を救出することができた。泊地の危機を回避し、かつカッコいいところを見せる。一石二鳥の完璧な仕事だった。


 そんな彼女を見て、彼女を昔から知ってる者たちは「上機嫌だなぁ」と思いながら眺めていた。


「久しぶりに暴れられて楽しかったですか?」


 リラックの問いに「ええ」と上機嫌に返す。


「やっぱ私は戦いの中で輝く人材なのよ!」


 歴戦の戦士と言ってもまだ16歳。同じくらいの人間でもお馴染みの思春期特有の承認欲求を満たしたいお年頃なのだ。むしろ軍人らしく、それを我慢して大人しくブルックヤード泊地に留まってること自体偉いことだと言える。


「あとで戦果報告書を書くのが楽しみだわ!本部の連中も私の戦果を見て、そのうち前線に出さないと勿体無いって思ってくれるに違いないわ!」


 そんな上機嫌のティルのそばには大神はいなかった。流石さすがに逃げまくってずぶ濡れになってと、疲れ果ててしまってるので、シャワーを浴びて自室で休んでいるのだ。あまりの災難に彼の休息を邪魔しようと考えるものはいなかった。


「でも、この時期に野良の飛竜が飛んでくるなんて珍しいよね?」


 ニーアが疑問の声を上げる。


「そうね。生き物の考えてることはわからないけども、妙といえば妙よね。あの群れはなんでこの辺を飛んでたのかしら?」


 ティルも首をかしげたものの考えたところで答えは出てこなかった。


「まあいいわ!今日ほど素晴らしい日はなかなかないもの!自分へのご褒美に羊羹ようかん食べちゃおっと」


「え?羊羹あったの!?僕にもちょうだいよ!」


 ティルとニーアがたわむれあってるなか、ヨナは少し離れたところで窓の外を眺めているのだった。

 

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