第34話 ティルの逆襲 3

「危なかったわねぇ…」


 ティルは先ほどの魔導砲を最も容易たやすくいなしてみせているが、実際のところ跳ね返すことができた。もしレールガンのように物体を飛ばしてくるタイプの兵器であればせいぜい逸らすのがやっとだっただろう。その時、後ろに控えている第4艦隊の艦船や飛竜隊が被害を受けていたかもしれない。単なる魔力の塊ゆえに彼女はコントロールができたのである。


 逆に言えばのエネルギーであれば彼女はコントロールすることができるのだ。


 ティルの視界には蜘蛛の子を散らすように空中戦艦へと逃げていく飛竜隊たちが目に映る。少し北に目を逸らせばシェール軍港の方向へとぷかぷかと浮いているらしいエーデルガイドの空中戦艦があるが、先ほどのドンパチでこちらの状況に気づいているはずなので、そろそろ方向転換をはかろうとするだろう。


「とは言え、ここで黙って見てるだけでも事態は変わんないのよね。流石さすがに落とせないかもだけど、ある程度被害与えなきゃダメかしら……?」


 ティルは自分の十八番おはこの1つ、巨大な火球を生み出す魔法を使って空中戦艦に被害を与えようと考えた。


「その必要はありませんよ。我々はこれから撤収しますから」


 しかしその前に、ティルの目の前に、エーデルガイド将校であることを示す紺色のローブをまとった少女が現れた。


「私としてはこのまま見逃していただければお互い無駄に体力を消耗しなくて良いのですが……」

「あら?そんなんで私の気が晴れるとでも?ただでさえ休暇が突然取り消しになった上に基地がはちゃめちゃになってるのよ?その怒りはどこにぶつければいいのかしら?」

「基地を破壊したのは我々ではなくあなたの友軍ですよ?」

「関係ないわ。あなたたちが来なければそれで済んだ話だもの」


 2人の少女は互いをめ付けあった。周囲に漂う魔力が不穏な動きをし始める。


「やはり一戦交えるしかありませんか…」

「あら?」


 ティルは悪魔のような笑みを浮かべてみせる。


「私相手に一騎討ちのつもり?言っとくけど私は天才にして最強よ」

「うふふ。そうですか。奇遇ですね…」


 エーデルガイドの将校も悪魔のような笑みを浮かべてみせた。

 



「私も本国では天才と呼ばれているんです」

 



 2人の魔力がぶつかり、空気が震える。魔法の使えるエルフたちは荒ぶる魔力の流れが目に見えて分かった。そしてあの中に入れば無事では済まないことも。


「一応注意しますね。あなたから見れば単なる同僚かもしれませんが、シンイチ・オオカミさんと軍曹が哨戒艇で脱出しようとしています。なので派手な魔法は控えた方がよろしいかと」


 それを聞いた瞬間、ティルの中で安堵あんどが生まれた。あの2人はまだ大丈夫なのだと。なら自分はしっかりとあの2人が逃げるための時間を稼がなくては。


「ご忠告痛み入るわ。あの2人は単なる同僚じゃなくて大事な同僚だからね」


 ティルはエステナから借りたロッドを構えてエーデルガイドの将校に向ける。彼女もまたティルにロッドを向けた。




「エーデルガイド空軍第一機動航空艦隊所属戦艦アルトノーウェン司令官、ユナ・ブルムバーグ中佐です」




「連合海軍ブルックヤード泊地司令官代理、ティルエール・ロワ・クロアベル大尉よ」

 



 そして。

 



 彼女たちの周囲にあった空気が。

 



 文字通り弾けた。

 



 初手から2人はロッドから魔力弾を何発も放ちぶつけあったのだ。2人が放った魔力弾のエネルギー量は拮抗していて、ぶつかった拍子に互いに跳ね返り、お互いを吹き飛ばした。

 しかしそれを事前に予知していたかのように2人は魔力障壁を展開し、魔力弾のエネルギーを打ち消し、それからお互いに距離を取った。


 すぐさまティルが魔力弾を射出するが、ユナがロッドを振ってロッドの先端にある魔石にぶつけてそのまま跳ね返した。ティルは跳ね返されて魔力弾をロッドで弾いて方角を逸らす。


 しかしその隙にユナに懐への侵入を許してしまうロッドで鳩尾みぞおちを横殴りした。


「ガハッ」


 ティルの口から溜まっていた唾液が飛び出す。


「この…ッ!グッ!?」


 すぐに体勢を整えようとするが、殴られたお腹を押さえていたこともあって今度は顔面が隙だらけになり顔をロッドで殴られた。


 ティルの目には一瞬星が映り、体勢を崩して落下する。


「そのまま死にますか?」


 意識が失いかける中、ユナの声が聞こえ、慌てて魔法障壁を張る。意識がはっきりとした瞬間まさにユナが魔法弾を放っていた。

 

 しかし。

 

 ユナの魔法弾がティルに届くよりも先に、ユナ自身がティルの目の前に現れ、隙だらけのお腹にロッドを叩き込んだ。


「オエッ」


 魔法防御用の魔法障壁では物理攻撃は防げない。そして折角張った魔法障壁もその衝撃で消えてしまい、ティルは魔法弾の直撃を受けてしまった。


 ティルはそのまま海へと落下する。


 けれどもユナは猛攻を止めなかった。海へ落ち、溺れるティルの元にわざわざ向かい、首を掴む。


 ユナ自身は海に突っ込む前に水中でも呼吸ができる魔法を使ったが、ティルはその準備なしに海へと突っ込んだため、息ができず溺れ、ロッドを放し、両手でユナの左手を掴んだ。

 





 死ぬ。

 





 ティルはまさに生命の危機を感じた。


 このままでは確実に溺死させられる。


 ティルはその危機感から無意識のうちにがむしゃらに膨大な魔力を集め、そしてそれを火球に変えた。





 

 海が蒸発する。

 





 そして蒸発した水分が急激に冷えると同時にスコールのような雨が一帯に降る。

 





 海の上には2人の少女が立っていた。

 





「うぐっ…。このローブ、お気に入りだったんですが…」

 

 1人はボロボロのローブを着ていて、苦悶の表情を浮かべ、火傷した左腕を垂らし、ロッドを握ったままの右腕で火傷した左脇腹を押さえていた。


 もう1人は両手で膝を押さえながら、中腰でげえげえと肺に溜まっている海水を吐き出していた。


「やっと気づきましたか?あなたは連合軍最強かもしれない。けれども決して世界で最強ではないんだと」


 海中で放たれた火球の直撃を受け、左半身を、顔も含めて赤黒く火傷したユナが、ハアハアと肩で息をしながらティルに向けて言葉を吐く。


「ええ…。気づかせてくれてありがとう。遊び感覚であなたの相手しちゃダメね。……確実に殺すわ」


 ティルが手を伸ばすと海の中で手放したエステナのロッドが手元まで飛んできた。


 ユナは姿勢を正し、自身に回復魔法をかけながら相対する。

 

 彼女たちの戦いを離れて見ていた者たちは呆然とした。


 誰もが過大評価をしていたのだ。ティルエール・ロワ・クロアベルを。


 誰もが過小評価をしていたのだ。戦艦の指揮官にすぎないと思っていたユナ・ブルムバーグを。


 負け知らずのはずなのに追い込まれているティル。そんなティルを圧倒するユナの技術。それでもなおそんなユナを手負に追い込むティル…。


 わずか数分の間に文字通り次元の違う戦いが目の前で繰り広げられていた。


 その間に飛龍隊の収容を終え、生き残った空中戦艦4隻がブルックヤードから全速で離れ始めた。


「チッ!逃すか!」


 ティルはすぐさま飛び出し、逃げ出そうとする空中戦艦へと向かおうとする。しかし飛び上がった直後、すぐさまユナから魔力弾を受けて海へと叩きつけられる。


「お忘れかもしれませんが、殿しんがりは私ですよ?」


 ティルはすぐに海から出て、再び肺や鼻に入った海水を吐き出した。溺れかけた人間特有の表情を浮かべながら、まだ回復の途中で火傷が癒えていないものの悠然と立つユナを睨みつけた。


 ティルの戦い方は魔力量にものを言わせるものだった。魔力量さえあれば大概のことはなんとかなる。実際になんとかしてきたのだ。


 それが目の前にいるユナには通用しない。自分より早く動き、自分の取る行動に対して反射的に行動し、魔力に頼らない物理攻撃を織り交ぜながら圧倒してきた。


 それでも、魔力量について自分が優位なのは変わらない。


 ティルは左手で対物攻撃の障壁と魔法障壁とを同時に展開し、右手に掴んだロッドで巨大な火球を作り出す。



 

「死n…」

 



「いいんですか?」

 



 ユナは左手の親指を真後ろに向けて指し示す。

 



「あなたの大事な同僚を巻き込んでしまいますよ?」

 



 ティルはピタリと止まった。彼女が指差すその先には哨戒艇が浮かんでいた。おそらく大神とヨナが乗っているであろうそれが……。


 止まった一瞬。火球を作る魔力を止めてしまった。

 

 その一瞬をついて。

 

 ユナはティルの鳩尾に深く深く肘鉄砲を喰らわせた。

 

 その瞬間は近くで見ていた人々の目に焼きついた。

 

 大神の目にも。

 

 第4艦隊の乗組員と飛龍騎兵の目にも。

 

 空中戦艦の乗組員の目にも。

 

 そして、ちょうど目を覚ましたばかりのヨナの目にも……。

 

 

 










 ティルはそれから動かなくなった。

 

 

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