第16話 哨戒艇の操縦

「オオカミさんも哨戒艇に乗ってみない?」


 ある日、ニーアに呼び止められたかと思えば哨戒艇への乗船を提案された。


「乗って何をするんだよ」

「哨戒の人手足りてないからね。この泊地が持ってる小型の哨戒艇は基本3人で乗って走らせるものだけども、私たち3人が必ずしも揃うとは限らないからたまにクワタさんたちにも頼んで手伝ってもらってるんだ。オオカミさんもそろそろここに慣れてきただろうから、もしよければ手伝ってもらおうかなって」


 ニーアの提案に「ふむ」と唸りながら考える。確かに猫の手も借りたい程の人員不足だから、お声がかかるのも理解ができる。ただ…。


「俺、船を操縦したことないぞ?」

「大丈夫。僕が丁寧に教えるから」


 こうして大神はニーアに引き連れられるように哨戒艇の操縦の練習を始めることになった。


 ブルックヤード泊地が保有している哨戒艇は小型の漁船くらいの数トン程度のもので、操縦者が1人いれば動かせるものだった。あとは巡視員が2人乗船すればそれなりに哨戒が出来るらしい。


 ニーアと2人だけで船に乗る。エンジンの位置、エンジンの掛け方、レバーの操作などなどをその場で教わりながら見本を見せられる。


「船の操縦も慣れだから。広いところに出て色々と操縦の感覚を磨くといいよ」


 港を出てから障害物のないところまで哨戒艇を進め、そこで操縦を変わる。ニーアは大神の後ろに立って、手取り足取り教えてくれた。


「哨戒任務があるだろうに、哨戒艇を独占しちまって大丈夫か?」

「問題ないよ。ティルだったら哨戒艇なしでも空飛んで見回りに出かけられるから。魔力が有り余ってるって羨ましいなぁ…」


 どこか羨ましそうに呟くニーア。ニーアはハイエルフであり、平均的なハーフエルフに比べれば魔力も魔法の精度も高いほうだと思うが、それでもティルにはかなわないらしい。彼女たちの実力がどの程度なのか正確に知る機会はないが、本人たちにしか知り得ない何かがあるのかもしれない。


 海が荒れてないのもあって、比較的操縦がしやすかった。舵輪を操作して船を揺らしながら方向転換の練習をする。


「そうそう。実際の哨戒の時には、時計の文字盤にたとえて方向を指し示すんだ。船から見て進行方向を12時、後ろ側を6時、右側を3時、左側を9時と言った感じでね。操作の際はそれも念頭に置いてね」

「了解…」


 波が荒れてないとはいえ、初めての操縦では戸惑うことも多い。思ったように舵がきかず、舵をきりすぎたり、逆にきるのが甘かったりした。


 そんな様子をニーアは面白そうにふふっと笑う。


「やっぱり初めてだと色々と戸惑うよね。僕も初めての時は操縦ミスっちゃって堤防に激突しそうになっちゃった。ティルの魔法で間一髪のところで止まってくれたけど」


 ニーアは上体を伸ばしながら空を見上げる。


「ここは何にもないところだし、つまらないところだけど、ここだからこそ積めた経験とかあるんだ。内地にいたらきっと船の操縦なんて経験しなかった。僕はブルックヤードに来て良かったって思ってるよ」


 彼女がなぜこの話をしたのか分からなかった。ここ最近、ヨナやティルとした会話でも聞いていたのだろうか?大神はニーアの意図を拾えず無難に「そうか」とだけ返した。


「舵輪の操作は慣れてきたね。じゃあそのまま帰投しようか」

「止め方とか分からないぞ」

「大丈夫。エンジンを切るか、後進エンジンに切り替えれば止まるから。最悪僕の魔法で無理やり止めればいいし。とりあえずやるだけやってみよう」


 ニーアに言われるがまま、哨戒艇を操縦して港へと戻る。船を無事に沿岸に着けて下船した。


「あら。練習は終わったのね」


 声のした方向を見ると、哨戒任務から帰ってきたのだろう、飛行服を着たままのティルが桑田と一緒に立っていた。


「無事終わったよ。オオカミさん操縦上手いんだ」


 ニーアがどこか楽しげに大神の操縦を褒める。


「その様子だと船酔いはしてなさそうね」


 ティルの言葉に「まあな」とだけ返した。


「どんどん戦力になってるじゃない。猫の手から人間の手に変わってくれそうね」

「なんだよ。今までは人間扱いされなかったのか?」

「どうかしら?」


 ティルはいたずらっ子のような笑みを浮かべてそのまま司令部へと入っていった。

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