第17話 休職命令 1

 8月も末に近づいたある日、連合軍本部から一式のお便りが来た。そのお便りを手にしたティルはしばしの間固まり、動けずにいた。そしておもむろに自分の頬をつねったりしていた。


「どうしたの?ティル?」とニーアが遠慮なさげにティルが読んでいたお便りをのぞき込む。するとニーアもまたポカンと口を開けて固まってしまった。まるで夢を見てるかのように感じたのだろうか。彼女もまた頬をつねった。ティルの。


「なんで私のをつねるのよ!自分のにしなさい!」

「痛いっ!?」


 ティルはすかさずチョップを入れるとニーアは涙目になりながら縮こまってしまった。自業自得だ。


「何かありましたか?ティル」


 ちょうどその場に居合わせていたリラックが彼女に尋ねる。


「いえ。信じられない文書が届いたからちょっと固まってるだけ…。ちょっと待ちなさい…。嘘でしょ…。ほぼ全員のが揃ってるじゃない…」


 ティルはペラペラと紙をめくり、それから小さくため息を吐いてから「泊地の人間、全員を呼びなさい」と答える。


 ティルに呼ばれるがままに執務室には警備員、工廠整備員も含めた全員が揃った。もちろん大神もいる。


 ティルは全員が揃ったのを確認すると大神以外の1人1人に持っていた紙を渡した。


「今渡された紙、確認したかしら?」


 渡された人たちは揃ってその紙を見て固まる。


「俺のは?」

「残念ながらアンタのものはなかったわ」


 そう言いながらティルは再び自分が手にしている一枚の紙を見る。


「ティル。まさかと思いますが、あなたも…?」


 リラックの問いにティルはコクリと頷いた。それを見て大神を除く全員が驚いた表情を見せる。大神だけが何事か分からずにいた。


「一体何があったんだ?」


 困ったように声を上げるとティルが手にしていた紙を渡した。

 

『休職命令

 

 以下の期間、ティルエール・ロワ・クロアベルの職務を一時停止し、休職することを命じる。

 

 自 聖暦2242年9月3日

 至 聖暦2242年9月23日

 

 休職期間中はブルックヤード泊地での滞在を禁じる。但し、職務上必要な場合には休職期間中であっても休職を打ち切り、復職を命じる。

 

 連合軍本部人事局』

 

「休職…、というより実質休暇か?」

「よっしゃーっ!!!」


 ティルが10代の女の子には似つかわしくない雄叫おたけびをあげてガッツポーズを見せた。


「やっぱり休暇申請はしつこくするものよ!どんなもんよ!私を閉じ込めた連中の苦虫を噛んだ顔が目に浮かぶわ!誰が私のこと閉じ込めたのかわかんないけど!」


 どうも久しぶりの休暇に大喜びのようだ。普段凛々りりしく振る舞う彼女のイメージから大きくかけ離れた振る舞いで、その場にいた誰もがポカンと彼女を見ていた。


「ん?もしかして他のみんなも同じか?」


 振り返るとニーアやヨナもコクリと頷いていた。どうやら泊地の全員に休職命令が降りているらしい。大神を除いて。


「俺のは…?」

「アンタのだけ本当にないのよね…。あら?手紙に追伸があるわね。…シンイチ・オオカミくんの分はありません。その期間中もブルックヤードで働かせてください…ですって」

「ジーザス」


 なぜ自分だけ働かなければならんのだ、と心の中で思うのだった。


「ティル、いいか?」


 ズーウッドが声をかける。


「ブルックヤード泊地での滞在を禁じるって書いてあるが、俺たちは一度ここを追い出されるのか?」

「そうみたいね。2日にシェール軍港行きの船が来るみたいだから、一度それに乗せられてシェール軍港に行かされるそうよ。そのあとは各々が行きたいところに自由に行ってもいいんですって。実家に帰るも良し。内地の繁華街に遊びに行くも良し。観光も良し。旅行も良し。自由に遊びに行って構わないってあるわ」


 その返答にズーウッドは何やら困ったかのような表情を浮かべた。


「急にそう言われても行く当てないぞ…?」

「アンタはドワーフ仲間の工房にでも遊びに行けばいいじゃない。何か刺激になるかもよ?」


 ズーウッドはどこか納得していないようだった。彼以外にも戸惑った様子の人が何人もいる。


 確かに急に休暇なんて貰っても行く宛なんてないだろう。


「本部が言うには行きたいところあったら遠慮なく言えって書いてあるわ。最大限希望にこたえるって。東亜でもアルビナでもヘルベフォルツでも。まあ、ヘルベフォルツは治安荒れてるから好き好んで行きたいって人いないでしょうけど。遊園地だろうが高級ホテルだろうがチケット用意するって言ってるわ」


 大層な大盤振る舞い。この泊地の人員に対してなんのご褒美だろうか?


 良くも悪くもあまりの待遇の良さにほぼ全員が戸惑い困っているがただ1人「休暇♪休暇♪」と口ずさんでいる様子だったので、水を差さぬようにみんなが黙っていた。


「ふふ。そう言うわけだから各自、泊地から一時離れる準備をしときなさい!旅行用のトランクとかあとで確認しとかないと…。ニーア!もしよかったらアンタの分のトランクとか貸してちょうだい!じゃあ解散!」


 解散と言われたら仕方がない。納得したわけではないが、渋々と言う感じで各自が持ち場に戻った。


 部屋を出るとき後ろから彼女の上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。心の底から喜んでいるようだ。

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