第21話 クルルカ海軍基地 1

「最後の週だけども、もしよかったらクルルカに行ってもいいかしら?」


 とまでの旅行中、ティルから提案があった。


「別にいいけどどうして?クルルカは基地しかなかったよね?」


 ニーアが疑問の声をあげる。


「お姉ちゃんが居るからよ」


 その言葉に「ああそうか」と呟くニーア。


 ティルには血のつながった8歳年上の姉が居る。名前はリリアナ・クロアベル。戦争で親を亡くしたティルにとっては唯一の肉親であり、今はクルルカ海軍基地に所属する将官の1人だ。頭の回転が早く、10歳で東亜の士官学校に飛び級で入学し、13歳で卒業。ティルとは違った方面での天才だ。


 実家を持たないティルだが、やはり肉親には会いたい。特にリリアナとは5年も会っていないので、これを機会に何がなんでも元気な顔を見せたいと思っていた。


「いいと思うぜ」


 ヨナが肯定の言葉を吐くと、ニーアも同意するようにニコニコと頷いた。


「ありがとう!じゃあ早速本部に手配してもらうわね!」

 

 今までの嫌がらせが嘘のようにクルルカ島への旅行の手配はとんとん拍子で進んだ。


 提案してから2日後にはナカルナ航空基地行きの飛行機に乗り、シェール軍港から直通の連絡船に乗ってクルルカへと向かった。


 軽い気持ちでクルルカへと向かった3人だったが、到着次第度肝どぎもを抜かれることになる。

 





「ティルエール・ロワ・クロアベル大尉に敬礼!」

 





 船を降りると海兵たちが列をなして敬礼して迎えたのだ。さらには音楽隊が演奏までしている。もはや旅行というよりもVIPの外遊である。


「ちゃんとした服、用意したほうが良かったか?」


 ジーパン姿のヨナは顔を引きらせて立ち並ぶ海兵たちを眺めた。ニーアはまだおしゃれなワンピースを着ているが、暑い熱帯地方を涼しい格好で過ごそうと思っていたティルは神善にいた時と同様に半袖短パン姿だった。


 3人は恐る恐ると言った感じで、船から降りるとヒト族やエルフの上級将校たちが敬礼をして立っていた。


「ようこそいらっしゃいました、クロアベル大尉。歓迎します」


 上級将校の1人が挨拶をする。


「忙しい中、お出迎えまでしてくれて感謝するわ。私の訪問、急だったから準備も大変だったでしょう?私としてはリリアナに会うだけだったからここまでしてもらわなくても良かったんだけど…」

「あなたの訪問を聞いた部下たちが是非ともお出迎えをしたいと。自発的なものですから負担など何もありませんよ」


 上級将校はカッカと笑って応じて見せた。


「さあ、こちらに。姉君がお待ちです」


 彼の案内に素直に従う。


「すごい人望だね」というニーアの言葉にヨナが「ああ」と答える。


「これは一部の人間からやっかみを買うだろうな」

 

 上級将校の男に連れられる形で一棟の建物の中に入ると車椅子に乗った黒髪のの女性が待っていた。ニーアとヨナは初めて見る顔だった。しかしティルにとって彼女は見知った女性だ。


「お姉ちゃん…」


 ティルの姉リリアナはニコリと笑みを浮かべる


「いらっしゃい、ティル。遠くからご苦労様」

 

 *******


 リリアナは部下のエルフ士官に車椅子を押されながら、ティルたちを応接室へと案内する。応接室にたどり着くと、上級将校たちは気を利かせて退室し、部屋の中にはティルたち3人とリリアナ、そして車椅子を押していた彼女の部下でエルフの少女のエステナだけになった。


 5人だけになった瞬間、エステナは突如ティルに飛びついて抱きしめる。


「うわーんティルちゃん!会いたかったよお!」

「ちょっとエステナ!?急に抱き付かないで!」


 慌てたように引き剥がそうとするティルのことなど知らずかエステナは大袈裟に涙を流しながらティルにひっついていた。


「だって3年ですよ?3年。3年も会えなかったらそりゃあ泣きますよお」

「分かったから。私も会えて嬉しいから。それでも一旦は落ち着いてほしいわ」


 なんとかエステナを引き剥がし距離を取る。エステナはそれでも泣き止む様子は見せなかった。彼女はティルよりも年上のはずなのに子供っぽかった。


「エステナ。お久しぶりだね」

「あ!ニーアさん!お久しぶりです!」


 どうやらニーアとエステナは知り合いのようだった。


「2人は知り合いなのか」と聞くとなぜかティルが「そうよ」と答えた。


「3年前に東亜の北にあるトーリア島がヨーリッシャに包囲されていたことがあるでしょ?私たちはその時の撤退作戦の支援メンバーでもあるのよ」


 ヨーリッシャ王国は東亜の北側にあるエルフの国の1つだ。そしてトーリア島はヨーリッシャの領土の1つである。一時期、このトーリア島は人類側が掌握しょうあくしていたのだが、戦力が南方に重点的におかれている隙を狙われてヨーリッシャ軍に包囲されていた時期がある。こうなるとトーリア島は放棄せざるを得ないのだが、トーリアに常駐していた兵士や民間人だけで戦力的に包囲網を突破するのは難しかった。そこで東亜海軍と連合軍が共同で撤退支援を行うこととなった。その時の撤退支援のメンバーの中に彼女たち3人がいたのだ。


「へぇ」とそっけない感じで答える。当時の撤退戦について詳しくは知らない彼女にとっては他人事の話だった。


「そちらの方は?」


 エステナが蚊帳の外にいるヨナに顔を向けた。ヨナは姿勢を正して敬礼をして答えた。


「1年前にブルックヤードに配属になったヨナ・アルナヤだ」

「なるほど!ティルちゃんとニーアさんの同僚さんですね!はじめまして!私はエステナ・アイノワールです!」


 エステナはニコニコと笑みを浮かべながら敬礼した。


「ああ、エステナ・アイノワールね……。エステナ・アイノワールッ!?」


 名前を聞いた途端、ヨナは飛び上がるように驚いた。


「あの杜川もりかわ防衛戦のエステナ・アイノワール少尉か!?」

「あうぅ…。そ、それほど大袈裟に大きな声を出さなくても…。あと今はあの時から昇進して中尉ですぅ…」

「あ、悪ぃ…」


 ヨナは頬を掻きながら謝るも驚きをなかなか隠せずにいた。


 杜川は東亜共和国の北端にある場所で、東亜海軍の基地がある。トーリア島撤退の影響で戦線が南下し、東亜海軍が杜川から出払っている時期があった。その隙を狙ったヨーリッシャ海軍が杜川警備府に急襲を仕掛け、北部戦線に打撃を与えようとしていた。当然ながら極めて危機的な状況であったが、偶然居合わせたエルフの少女兵が単身で防衛し、東亜陸海両軍が応援に駆けつけるまで防衛し切ったと言われている。その少女の名がエステナ・アイノワールだ。

 

 クルルカのクロアベル。

 

 杜川のアイノワール。

 

 どちらも単身で敵軍を蹴散らした一騎当千の代名詞。その2人が今この部屋に揃って並んでいるのだった。


「あ、あれは東亜軍の皆さんが駆けつけるまでの繋ぎにすぎなくって、実際に追い返したのは東亜軍の皆さんですよ…」

「いや、それまでもったのがすごいんだろ…」


 恥ずかしそうに謙遜する彼女に呆然とした表情を浮かべるヨナ。


 ただでさえ蚊帳の外の状況なのに、さらに周りが何かしらの戦功を挙げているようなので、自分が場違いな感覚に襲われた。


「一旦自慢話はそこまでにしましょう」


 ヨナの気持ちを知ってか知らずか、パンと手を叩いたリリアナが話を中断させる。エステナは「自慢なんかしてませんよお」と涙目になりながら不平を言ったがリリアナはそんな彼女を無視した。


「シャウツァー少尉もアルナヤ軍曹もよくいらっしゃいました。妹の付き添い、大変だったでしょう?」

「いえ、そうでもありません。僕たちも彼女といろいろお出かけできてとても楽しかったです」


 甘味の食べ過ぎで胸焼けする思いをしたことは隠しながらニーアが答えた。


「とはいえ長旅なのは違いありません。エステナ。彼女たちを部屋まで案内してあげなさい。私はしばらくティルとお話ししたいから」

「了解しました閣下!さあお二人ともこちらについてきてください!」


 エステナに案内されるがままにニーアとヨナは応接室から出ていった。


「ではティル。家族水入らずでゆっくりお話ししましょう」

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