第20話 ティルの休暇

 9月2日。シェール軍港から迎えの船が来た。ティルたちはこの船に乗って各々おのおのが行きたい場所へと向かうことになっている。


「オオカミ!後のことは任せたわよ!」


 普段と違って私服姿のティルにそう言われた大神は「あいよ」と言いながら見送るように手を振った。


「楽しみだわ!まずは久しぶりに師匠に会ってお話しして、どこかの喫茶店で甘いもの食べて。貯金ばかりが溜まって使い所が一切なかったからお菓子三昧の生活を送るわよ!」


 ふんふんと鼻歌を鳴らしながらこれからの休暇に想いをせているようだった。


 そんな様子を見てニーアは困ったような笑みを浮かべ、ヨナは呆れたような顔を見せた。


「あんまり調子に乗るなよ。食べ過ぎで痛い目見るぞ」

「大丈夫よ!甘いものは別腹よ!」


 絶対痛い目見るパターンだ。ニーアとヨナの2人は内心を一致させた。

 

*******


 その日はシェール軍港でティルたちは一泊した。


 そして翌日、ティルたちは東亜出身者と一緒に東亜共和国へ、ズーウッドはアルビナ大陸にあるドワーフの集落へ向かうことになった。リラックはというと医師としてシェール軍港の医務官と勉強会をやるらしい。


 そして半日近くかけてナカルナの航空基地から飛行機で神善しんぜんへ。神善についてからティルは桑田たちと別れた。


 持ってきた荷物は待っていた軍人がホテルまで運んでくれる手筈となっている。その軍人は女性兵士だったので、荷物を預けることに抵抗はなかった。


「さて、まずは師匠に会わないとね。アンタたちも来るかしら?」

「いいよ。元帥閣下と会うのは流石に恐れ多いし」

「私もパス」

「あらそう。じゃあ私だけ行かせてもらうわね」

「うん。また夜にホテルで」


 そう言ってティルはニーアたちと別れ、連合軍本部へと向かった。


「僕たちはどうしようか?」

「どうしようかと言われてもねえ。正直何にも考えてなかったからなあ」


 ヨナはニーアの問いに困った顔をしながら答える。実際のところ2人はまだ突然の休暇(厳密には休職命令)に対してまだ消化しきれていない。ティルに合わせて神善まで来たが、神善は観光名所でもなんでもないので、寄って見て行くところが特になかった。


「困ったぞ。3週間やることがない…」

「まあまあ。ティルと一緒にあっちこっち出かければ自然と時間が潰れるよ」


 ニーアの言葉に果たして本当か?とでもいうような疑いの目を向けるヨナ。


 その言葉の通り、翌日から2人はティルに連れ回されることになった。

 

「うーん!美味しいわね!やっぱりパフェもクレープもあんみつもお店で食べるのが一番よ!」


 ティルは甘味処巡りにご執心だった。


 ブルックヤードでは定期的に来る配給の羊羹やせんべいくらいしか甘いものがなかった。あとは果物だとミカン。というのも甘味のうち日持ちするものがそう言ったものくらいしかなかったし、すべての基地や泊地に行き渡らせるほど輸送力が高いわけではないからだ。そんな生活が続いた中で久しぶりの繁華街である。普段食べられない甘いものを食べに回るのは当然だった。


 ニーアはホクホク顔のティルを見てどこか嬉しそうな表情を見せる。対するヨナはというと連日の甘いもの巡りに胸焼けがしてげっそりとしていた。


「あら、ヨナ。もう食べないの?」

「……ああ。ちょっと限界……」

「なら私が食べるわね!」


 ティルの言葉にどうぞとでもいうようにメロンパフェをそっとティルの方へと動かした。ティルは苺パフェをまだ食べている途中だったが、遠慮することなしにメロンパフェに手を出した。


「いちごも最高だけどメロンも最高よ〜♪ああ!今度の配給にはもっと果物のバリエーションを増やしてほしいわ!」


 ティルは贅沢なわがままを言う。しかしずっとブルックヤードに磔にされたのだ。そう言ったわがままもご愛嬌ということで2人は聞き流していた。


「毎日甘味三昧だと太るぞ?」

「大丈夫よ。その分運動したり魔力鍛錬したりすればいいんだから」

「さいですか」


 ヨナは呆れ顔でため息を吐く。隣に座るニーアはヨナの言葉を気にしてか、自分の腹をぷにっと摘んでいた。


「大丈夫…、まだ大丈夫のはず…」


 –––––– 聞かなかったことにしておこ……。


 ちなみに3人の服装はてんでバラバラで、ニーアがお嬢様らしく小綺麗な格好をし、ヨナは多少のオシャレはしているものの比較的ラフな格好をしているのに対して、ティルはまるで夏休みの田舎の少年のような半袖短パンの服装をしていた。この女、ブルックヤード泊地にいる時はいつも士官として軍服だけを着ていたのもあっておしゃれな洋服を一切持ち合わせていなかったのである!


 その格好で現れた彼女を見た時、「もっとおしゃれくらいしろよ」とヨナがツッコんだのだが、「他に服がないのよ!」と逆ギレされたのだった。


「そういえばアンタたち、東亜にはあまり来ないのよね?」


 まだ甘いものを食べてる途中のティルからそう聞かれてニーアとヨナは「そうだね」とか「まあな」とか言って返す。


「なら寺社仏閣とか巡りましょう!アルビナとは違った趣があるわよ!」


 彼女の鶴の一声で休暇2週目の予定が決まった。

 

 休暇2週目は神善から少し離れて西にあるとまへと向かった。寺社仏閣自体は東亜全土に散在しているが、あまり神善から離れないところとなるとその辺くらいしかなかったのだ。それでもその地域の寺社仏閣の数はとても多く、また観光名所でもありお店が立ち並んでいるので、流石に1日で回れるところでもなかった。


 ちなみに寺院の見学2割、甘味処巡りに8割の比率だ。


「よう食べるわ……」


 あんみつだのお汁粉だのニシン蕎麦そばだのをパクパク食べるティルにヨナは呆れ顔を浮かべ、そしてジト目を向ける。


 ニーアもまた引き攣った表情を見せていた。彼女は苫に来てから甘いものを控えるようになった。お腹のぷにぷにを少し意識するようになったので…。


「食べれるうちに食べておかないと。食い溜めよ!」


 対してティルはそんなこと知ったこっちゃないとでもいうように引き続き食べて行く。ブルックヤードに戻ればまた1年以上配給食ばかりの生活に戻るのは明らかだ。今贅沢しなくていつ贅沢するのか?


 そんなティルを見て、あまり食べてないのに胸焼けする感覚に陥ったヨナであった…。むしろなぜティラは胸焼けをしないのか…?

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