第22話 クルルカ海軍基地 2

 リリアナは別の部下にお茶を用意してもらい、ティルと向き合った。5年ぶりに見る彼女の顔をまじまじと見ながら「大きくなりましたね」と言った。


「私が負傷して内地に戻ってからなかなか会いに行けずにごめんなさい。あなたの姉って立場上、勝手なことをすることもできなかったの」


 姉妹という立場上会えなくなるというのは妙な話だが、英雄であるティルの姉とあっては自由が利かなくなるのは確かな話だった。彼女自身は何度もティルとの面会を要望したのだが、本部の判断で立て続けに却下されてなかなか叶わずにいた。それが突然実現したのだ。嬉しくないわけがなかった。


 しかし彼女は目に見えてわかるようには大袈裟には喜ばず、あくまで姉として冷静に向き合っていた。対するティルはというと、ニーアたち3人と別れてからずっとソファでソワソワとしていた。


「この5年間にあったこと、ぜひ教えてほしいわ」


 リリアナに聞かれてパッと笑顔になり、ディルはまくし立てるように喋りはじめた。


「リリアナが内地に行ってからまずは76連隊のみんなとクルルカの奪還に向かったの!私が一番活躍して見事奪い返したんだから!まあ、あのあとフェミルとユータローから命令無視でこっぴどく怒られたけど。でも今はこうしてリリアナが司令官やってるくらいには拠点として機能してるんだから無問題むもんだいよね!

 そのあとどこぞのバカが76連隊解散させちゃってエルフ兵は私だけになっちゃったし、艦隊も引き上げられちゃったけど、リラックたちと一緒に頑張って泊地を回してるわ。そのあとさっきも話に上がったけどトーリア島の撤退支援に参加してね、その時エステナとは久しぶりに再会できたし、ニーアとも初めて会ったの。あの子、今でこそ礼儀正しいけど、初めて会った時は貴族の跳ねっ返り令嬢みたいでいつも無愛想でツンケンしてたんだから。でも一緒に任務をこなしてるうちに彼女もやわらかくなって今はあんな感じ。で、ニーアは私を追いかけてブルックヤードに来てくれたわけ。可愛いわよね!

 それからずっと任務はない状態だけど、去年ヨナが配属になったの。あの子とんでもないのよ?配属早々寝坊で遅刻ばかりするし、時折サボってフルートの練習に出かけちゃうし、ひどい時には1週間とか1ヶ月くらい姿をくらますことがあるの。最初のうちはしょっちゅう怒ってたんだけど、そのたびにいつも必死になって謝るものだから怒るのもバカらしくなっちゃって最近は放っといてる。でもあの子、哨戒任務の時だけはものすごい真面目で、ちょっとした異変にもすぐ気付いちゃうのよ?偵察向きなのかもしれないわね。

 そうそう。最近越してきたのだとオオカミってのがいて、そいつは配属予定日すら遅れちゃったのよ?本人はシェール軍港で足止めを喰らったとか言ってるけども、一介の事務員が足止めを喰らうようなことあるのかしら?でも事務員がまったく居なくなってしまったものだから、彼が来てから事務仕事の負担が軽くなってね、もう大助かりよ。たまにサボって釣りに出かけちゃうのは玉にきずだけども、でもあんなところでできる仕事なんてたいしてないからね。まあ、暇な時間持て余すのは仕方がないわ」


 ティルがつらつらと喋っているのをリリアナはニコニコと笑みを浮かべながら黙って聞いていた。楽しそうに話す自分の妹の姿を見るのがとても心地が良かった。


「ホント本部は何を考えてるのかしら?ブルックヤードだって南からの敵を迎撃する拠点としては重要な場所でシェール軍港やナカルナの空軍だけで押し返せるとは到底思えないんだけども、どうせ攻めてこないって慢心があるのよね。まったく。私1人居れば解決できるのは確かだけど、それにしたって空っぽにすることはないわよね?いくら自分たちのメンツを潰されたからってやることが子供のいじめよ。私より上の司令官がいなくて、かと言って私には司令官としての権限が実質ないのよ?どうしろっていうのかしらね?ブルックヤードは派出所じゃないんだからちゃんと機能させてほしいものだわ!その上人手が全然ないから休暇もろくに取れやしない。今回たまたま休みが取れたけども、休みなしとかまったくホント酷いんだから。ホント…酷いんだから…」


 ティルの体は震えていた。


「どうして私だけブルックヤードなのよ…。どうして他の人と一緒じゃダメなのよ…。私何か悪いことした…?」


 どんなに活躍しても彼女はまだ16歳の少女だった。ブルックヤード泊地では一番の年下で、それでも階級は一番上で、役職も一番上で、家族にも会えず、昔の戦友にも会わせてもらえず、誰にも相談できず、上官らしく振る舞い続けなければならない。


 誰も助けてくれない。


 そんな彼女の緊張の糸が今ぷつりと切れたのだった。


「おいで。ティル」


 リリアナがティルを呼び寄せて、そっと抱きしめてあげた。


「頑張ったね。ティル」


 そんな彼女の言葉に、ティルは小さく嗚咽おえつを漏らすのだった。

 

 リリアナは静かに怒っていた。


 ラインツフォンド大陸にあるヘルベフォルツとオークランド、そしてエーデルガイドとの国境線の近くの町で暮らしていたリリアナたちは突然戦火に巻き込まれ、町から逃げ出さなくてはならなくなった。その戦禍で両親を失い、当時まだ赤ん坊だった異母妹のティルを連れて東亜へと亡命した。東亜に逃れてどう生活するか迷ったが、偶然出会った連合軍の元帥に目をかけてもらい、ティルを彼女に預けながら連合軍の士官学校へと通った。


 ティルにはなんとか幸せに暮らしてほしい。


 そんな思いから必死になって士官になり、一生懸命に稼いだ。しかし現実は残酷で、ハーフエルフで魔法が使えるティルは遠くない未来に徴兵されることは目に見えていた。ヘルベフォルツに徴兵されるか東亜軍に徴兵されるか連合軍に徴兵されるかはわからなかったが。ただ元帥に拾われ、魔法の面倒も元帥に見てもらったのもあって、最終的にはティルも連合軍のもとで働くことになる。まだ10歳にもなっていない妹が戦地に派遣される。それはとても心苦しいことだった。


 2人とも優秀ゆえに、戦果を残し、立場を固めていったが、結果を残せば残すほどやっかみを買い、離れ離れにさせられてしまった。そして顔を合わせていない間、妹は強がらなくてはならない状況に追い込まれてしまったのだった。


 自分たち姉妹を引き裂いた本部が許せなかった。


 身元引受人ではあるが、結局今の状況を改善してくれなかった元帥が許せなかった。


 ティルを泣かせるこの世界が許せなかった。


 それでも弱る妹の前では優しい姉を演じ続けた。


 リリアナは優しくティルの頭を撫でて「頑張ったね」とそっと褒めてあげた。

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