第23話 クルルカ海軍基地 3

「旅行というよりもはや慰問だよな?」


 ヨナは呆れたように基地の中をティルとニーアとともに散策していたのだが、出会う兵士出会う兵士にティルは「ご苦労様」と労いの言葉をかけて回った。


「ティルの顔を見たいと思っていた人はたくさんいます。もしよければ顔を出してあげてください」


 リリアナからそう言われたティルは姉の頼みを断る気はなく「別にいいわよ」と二つ返事で引き受ける。ただ半袖短パン姿で歩き回るのは流石さすがにみっともないんじゃないかということで、今3人はリリアナから貸し出された軍服を着ていた。


「別にいいんじゃないかしら?わざわざ出迎えてくれたんだもの。こっちもサービスしなくちゃ」


 ティルは特に気を悪くせずすれ違う兵士たちに手を振りながら「おつかれさま」と言って回っていた。


「ティルはすごいなぁ。知名度の違いがあからさますぎて」

「当然でしょ?不可能を可能にする女。それがこの私なんだから」


 フンッと鼻息を鳴らして胸を張る。その様子を引き続き呆れて見ているのはヨナだった。


「実績から考えるとティルはスゲェが、だからってみんながぺこぺこ頭を下げる必要がないだろ。さっきの人なんか大佐だったぞ?」


 さっきからすれ違うたびにどの兵士も作業を止めては敬礼をしていた。士官だけでなく、ティルよりも階級が上の将校も含めて。


 しかし当然と言えば当然かもしれない。


 彼ら彼女らが働くこのクルルカ海軍基地を連合軍側の手に取り戻したのは他でもないティルの力だからだ。


「これほどのものなんだから本部もさっさと私をクルルカに配属すればいいのよ」

「いやいや。これほどのものだからやっかみ買ったんだろ…。多分クルルカの海軍はティルの一声で反乱を起こせるくらいの規模はあるぞ?」


 ヨナがツッコミを入れる。しかし彼女はティルの評価を過小評価していた。なんとこの女、クルルカ海軍だけでは飽き足らず、東亜陸軍の南方軍南西方面隊をもたらし込んでいるのである!


 東亜陸軍南方軍南西方面隊。ムルストゥルス地方西方にある地域を防衛拠点とする東亜軍の部隊だ。


 かつてエーデルガイド南東にあるリルカナ半島は東亜の植民地になっていた。しかしエーデルガイドとの戦争が始まってすぐにリルカナの東亜軍はエーデルガイドの魔導士部隊からの急襲を受け、海軍は壊滅、陸軍は撤退手段を失い孤立し、リルカナのジャングルの中を逃げ回ることしかできなかった。


 そんな中、孤立する彼らを助けたのは当時9歳だったティルである。


 リルカナだけではない。チェファノ、ホムード、カイラン、クルルカ、ライトベルンなどなどブルックヤード泊地から西方にあるムルストゥルス地方の島々にある東亜陸海軍基地の撤退の殿も勤めていた。

 



 9歳の少女が!

 



 異国の軍人を救出するために!!!

 



 撤退のための殿しんがりを勤めたのである!!!!!

 



 人気が出ないわけがない。


 というわけで東亜軍人の間ではティルはアイドルなのである。なんなら南西方面隊の各基地には彼女の肖像画があるくらいである。


 ちなみに当時従軍していた陸軍兵士の中には本国で憲兵隊として勤務しているものが多数いるらしい。先日リリアナの前で見せた涙を彼らなんかに見られたら間違いなくクーデターが起こるだろう。多分リリアナよりもやる気がある。キサマらロリコンか?


「でも人気があるっていいことじゃないかな?これでなんの反応もなかったら多分心折れるでしょ?」

「ええ。間違いなく立ち直れないわ」


 なんの人気もなくブルックヤードに島流し。しかも辞めさせてもらえないとなればさすがのティルもこたえるだろう。


「笑顔振り撒いて今以上の人気を得られればブルックヤードの再拡充のチャンス待ったなしよ!」

「いや、むしろ余計干されるんじゃないか…?」


 ヨナはため息混じりにツッコんだ。


 多分クルルカで愛想振り撒くよりも東亜陸軍を慰問した方が効果はあったと思う。9歳の幼い少女が今や16歳の女性になったのだ。多くの陸軍士官のハートを撃ち抜くことだろう。


 そんなこんなで丸3日間ティルたちは慰問に費やした。ニーアとヨナが付き合う必要はなかったかもしれない。途中途中ティルの元戦友と談笑し蚊帳の外になることもあった。けれどもせっかくの機会だし、ティルについてあげたいとも思ったし、慰問中の彼女の顔がとても晴れやかでその顔を見ていたいと思ったので、ニーアたちはずっと彼女のそばにいた。


「付き合ってくれてありがと。明日はカイラン島に渡って、そこの繁華街でも回ってみるのはどうかしら?」


 カイラン島はハイエルフの集落の連合であるルオファンの領土と東亜、アルビナの植民地が混在した島でそれなりに大きく、幾つもの町を抱えている。クルルカ島のすぐ隣にあるので、船を借りればすぐに辿り着けるだろう。ムルストゥルス地方西方の繁華街は行く機会などなかったので、ニーアもヨナも良しとしていた。



 

 しかし休暇は突如終わりを告げる。

 



 たった1つの急報によって。

 



「オルムス少将率いる第6艦隊がブルックヤード沖200キロの地点でエーデルガイドの第一機動航空艦隊の急襲を受け壊滅!敵勢力はそのまま北上している模様です!」

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