第4話 ブルックヤード泊地 1

 時間が過ぎるのはあっという間で、辞令交付を受けてから1ヶ月が過ぎた。つい最近出た週刊誌には「連合軍本部人事局長不倫疑惑!」なんて見出しの記事が出回っているが、南方方面行きの飛行機に乗った大神にとってはどうでも良い話だった。


 肌着や上着などの着替え、念のために用意したスーツ、事務用品やブルックヤード関係の書類などが入っている6つのトランクと暇つぶし用の釣り道具を抱えていざブルックヤードへ。まず輸送機に乗って南方のナカルナの空軍基地へと向かい、そこから車で移動してシェール軍港から定期便に乗る。当初の予定としては2日ほどで到着するはずだったが、途中のシェール軍港で色々とトラブルが発生し、5日間ほど足止めを喰らってしまった。総務課に移る前の職場の肩書きが影響したらしい。


 そんなわけで、出発6日目になってようやくシェール軍港からつことができた。


 ここ数日のドタバタを思い出し、遠い目を海へと向けながら大神は連絡船の甲板に体をもたれかけていた。赤道に近いこともあり、気温は比較的暑い。とは言え、船の中は冷房が効いているわけではないので、海風の吹く外にいた方がまだマシだと考えていた。


「……」


 そうでもなかった。日差しが強すぎて溶けそうになっていた。


「ひ、日陰に避難するか……」


 日陰に隠れ、ドタっと座り込む。団扇うちわで顔を仰いでいると、ヒョコッと脇からコップが差し出された。


「水、飲まない?」


 そこには黒髪の耳の長いエルフが立っていた。そのエルフは容貌だけでいうと少女の姿をしていた。


「……ああ。ご丁寧にありがとう」


 大神は素直にお礼を言ってコップを受け取り水を飲んだ。足りてはいないがまったく飲まないよりかはマシだった。水を飲み終えたのを確認したエルフの少女はニコリと笑みを浮かべてコップを受け取る。


 精霊が顕現した姿と言われるエルフだが、その出自や特徴は人間とはかけ離れたものだった。エルフの出自は3つある。1つ目は精霊の顕現として精霊樹から生まれてくる場合。出生の原理については正確なことは分からないし、誕生の瞬間も見たことはないが、精霊樹や精霊石などと呼ばれるものから生まれてくるらしい。2つ目はお相手がいないにも関わらず生まれてくる場合。いわゆるクローンみたいな存在だ。そして3つ目はヒト族や魔族とのハーフで生まれてくる場合。ハーフの場合、必ず耳の短いハーフエルフになるし、父親の特徴を継いで黒髪や茶髪のエルフもいたりする。対してハイエルフは精霊の顕現としてか、もしくは単為生殖でしか生まれず、耳は長く髪の色も金髪や銀髪が多い。ちなみにエルフは必ず女性で、男のエルフは存在しない。一説では、女性の精霊はエルフに、男性の精霊はゴブリンになってるのではないかと言われてる。


 さて、目の前の少女だが、耳の長さからハイエルフだとは思われるが、しかし髪の色は珍しく黒色だった。当然ながら大神はそれを不思議に感じた。


「黒髪なんて珍しい。エルフは金髪か銀髪ってイメージが強かったんだが……」


 思ったことを口にすると、彼女はクスクスと小さく笑った。


「僕が働いている職場はエルフが何人もいてね、みんな髪の毛白いから区別できるように染めたんだ」

「なるほど。でも傷まないのか?」

「確かにいい加減な染料を使うと傷んじゃうかもしれないけど、仲間と一緒に色々と試行錯誤して、いいものを作った……、とは思ってる……」


 後半は自信なさげに目をあさっての方向に向けて呟いていた。


「それにしてもこの時期に変わったお客さんだね。南方には観光で来たの?」


 今大神たちが乗っている定期連絡船はシェール軍港から出発している船だが、この連絡船は軍民共用であり、ブルックヤードだけではなく南方の周辺の島々へと人から物資まで色々と運ぶ。どうやら目の前の少女は大神の服装から観光客ではないかと予想をしているようだった。


「そうだなぁ。いて言うなら長いヴァカンスかな?」

「何それ」


 エルフの少女はそう言いながら笑ってくれる。


「そう言う君は観光かなんかか?」


 彼女の服装だけを見ていると、まるでどこかのお嬢様のようだった。ただ、南方という特性上見かけにはよらない人物だろうと心の中で予想していた。


「僕は職場復帰だね。1ヶ月ほど休暇をもらってね、今日、基地に帰るんだ」

「へえ?どこの基地」


「それはね」と少女はためながら「軍事機密」とニカって笑いながら答える。


「なんじゃそりゃ」

「ふふふ。僕は軍人さんだからね。見知らぬ人においそれとは身の上話はできないんだよ」


「なんじゃそりゃ」ともう一度言ってつられて笑った。


 予想はしていたが、やはりエルフ兵のようだ。


 もしやブルックヤードのエルフ兵か?とは思ったが、いくら基地機能縮小しているとは言え、3人しかいない兵士のうちの1人が1ヶ月も休暇でいなくなると言うことはありうるだろうか?と疑問に思った。可能性として高いのはクルルカ島の海軍基地だろう。


 そう思っていたところでエルフの少女は自身の額に手をかざし出した。


「やっぱ日差し強いなぁ……。ごめんね、僕は中に戻るよ」

「ああ、水ありがとう」


 船内へと入っていく少女の後ろ姿を見送り、再び甲板の方へと顔を向ける。エルフであれば日差し対策の魔法とか使えそうなものだが、そう言ったものはないのだろうか?そうは思ったものの、魔法を使おうが使うまいが、彼女の自由なわけだから、自分が色々考えることでもないだろう。


「あっちぃ……」


 大神のどうでもいいボヤキがその場を通り過ぎるだけだった。

 

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