第5話 ブルックヤード泊地 2

 3時間という長い船旅がやっと終わりを告げ、連絡船はブルックヤード海軍泊地の沿岸に接舷した。ブルックヤードへと運び入れる運搬物の積み下ろしや、逆にブルックヤードから出た廃棄物の搬入のため2、3時間ほど停泊する模様。時間にはゆとりがあるのでのんびりと下船の準備をする。


「……」


 ただ大きな問題が一点。大神の目の前には6つのトランクと釣具セットが一式並んでいた。


「どうやって下ろそう……」


 色々と頭を捻らせていたが、仕方がないので一個ずつ下ろすか、と考えた。


 まず1個目のトランクを下ろそうとした時、ちょうど執事服の男やメイド服の女がちらほらと目に映る。何やらトランク類を運び下ろしてるようだった。


 –––––– 誰かお偉いさんが下船でもしたのか?


 そう思って眺めていると、先ほどのハイエルフの少女が姿を見せた。


「…あれ?」

「よう」


 トランクを持つ大神を見て少女は目を白黒させる。


「ここ、観光地じゃないよ?」

「知ってる。仕事で来た」


 少女は「そうなんだ」と言いながら「荷物はそれだけ?」と聞き返す。


「いや。あとトランク5つと釣具が一式」

「それは大荷物だ」


 少女はそういうと傍に居た執事に声をかける。


「アンドリュー。彼の荷下ろし、手伝ってあげて」

「かしこまりました、お嬢様」


 アンドリューと呼ばれた執事はすぐさま他の使用人らしき人たちを呼びつける。


「失礼、お名前を」

「大神だ」

「オオカミさま、それではお荷物の運び出し、お手伝いさせていただきます」

「いいのか?」

「いいよ。遠慮しないで」


 アンドリューではなくエルフの少女が返答した。恐らくだがこの少女はいいところのお嬢様らしい。


「恩に着る…。荷物置き場まで案内するよ。このトランクはどうしよう…」

「我々がお預かりしましょう。ヤン、こちらを」


 アンドリューは傍に居た他の使用人にトランクを受け取るように指示した。


 それから大神はアンドリューたちを引き連れ、船内の荷物置き場へと向かう。使用人たちは次々とトランクを運び出し、釣具セットだけは大神が持ち運ぶことにした。大神は心の中で助かったと思っていた。


 船から降りて見渡せば目に入る建物はどれも白かった。降りてすぐのところに先ほどのエルフの少女と使用人たちの他、泊地の職員らしき男たちが数名と、そしてハイエルフに比べるとほんの少し耳の短い、軍服を纏ったハーフエルフの少女が1人立っていた。


「アンタ、観光客じゃなくて仕事で来たってホント?」


 仏頂面の軍服の少女にそう聞かれ「ああ」と返した。


「大神真一……、アルビナ式で名乗った方がいいか?シンイチ・オオカミだ。本部の総務課からこっちに異動になった」

「ああ、あなたがシンイチなのね。予定より到着が遅いけども何かあったのかしら?」

「シェール軍港の方でちょっとしたトラブルがあってね。足止めくらってた。そっちに連絡入れておきたかったんだけども、それどころじゃなくてね…」


 大神はどこか遠い目をしながらそう言った。軍服姿のエルフ兵はどこか不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げるが、すぐさま真面目な表情に戻す。


「のっぴきならない事情なら仕方ないわね。深くは聞かないわ。ようこそ、ブルックヤード海軍泊地へ。私はこの泊地の司令官代理、ティルエール・ロワ・クロアベルよ」


 彼女こそが渦中のクロアベル大尉だった。


 手を差し出され、反射的に握り返す。華奢きゃしゃな手特有の感触が印象的だった。


「改めて、大神だ。出来れば下の名前……、じゃなくてファーストネームでは呼ばないでくれ。あまり慣れてないんだ」

「東亜人ってそういう人多いわよね。まあいいわ。じゃあオオカミ、これからよろしくね」


 ティルエールはそう言ってからそばに居た職員たちに声をかける。


「じゃあクワタたちは物資の運び出しをお願い。私はオオカミを寮まで案内するわ」


 桑田と呼ばれた男たちは、海軍式の敬礼をするとすぐさま貨物室の方へと向かっていった。


 ティルエールは大神に背を向け、すぐ傍にあった3台のトラックのうちの1つに向かった。


「じゃあオオカミたちはこのトラックに乗って。荷物は後ろの荷台に詰め込んじゃえばいいから」


 使用人たちは大神の荷物と、そしてエルフのお嬢様の荷物を次々とトラックの後ろの荷台へと積んでいく。使用人の人数が多いこともあって積み込みはすぐに終わった。


「3人席みたいだが、全員乗るのか?」

「あ、僕の使用人はあっちのトラックに乗るから気にしないで」


 お嬢様エルフが指差す方を見ると、彼女の使用人たちは、そのトラックへと乗っていった。アンドリューは運転席に座り、他の使用人たちは助手席に座ったり、後ろの荷台に乗ったりしていた。あまりの手際の良さに、おそらく慣れているのだろうと理解する。


「ほら、2人とも、さっさと乗って」


 運転席に迷わず乗るティルエールの言葉に大神は急いで助手席側へと回る。


「オオカミさん、先に乗りなよ」


 エルフのお嬢様にそう言われて、真ん中の座席に。エルフの少女2人に挟まれる形となった。


 全員が乗ったのを確認して、ティルエールはすぐさまトラックを走らせる。ガタゴトと堤防の上を走った。


「そう言えば僕の自己紹介まだだったね。僕はニーア。よろしくね」


 ニコニコと笑みを浮かべるエルフのお嬢様ニーアに自己紹介され、大神も「ああ、よろしく」とすぐに返した。


「アンタ、いつになくご機嫌そうね」

「そりゃあね。新人さんが入ってくる時ほど新鮮な気分を感じることはそうそうないからね」


 ニーアは引き続き笑顔を崩すことはなかった。


 白い建物をいくつか通り過ぎて、ある5階建の建物の前へとたどり着く。


「ちょっと待って。一度ニーアの荷物を下ろすから」


 すぐ後ろをついてきていた使用人たちがトラックから降りてきて、ニーアの荷物を次々と下ろしていった。


「オオカミさん。またあとでね」


 ニーアは小さく手を振ると目の前の建物の中へと入っていった。


「ここは女子寮よ。昔はたくさん住んでたんだけどね、規模縮小の影響で、今は私含めて3人しかいないわ」


 ニーアの荷物が全て下ろされたのを確認すると、ティルエールは周囲を確認してから再び車を走らせた。


「次は男子寮に向かうわ」


 それだけ言い、再びトラックを走らせ、裏手にある別の5階建の白い建物の前で停めた。ここが男子寮のようだ。


 トラックを停めるとティルエールはさっさと降りてしまった。大神も慌てて降り、荷台からトランクを下ろそうとしたところで、トランクが荷台から勝手に浮き上がった。それも釣具セット含めて全部。


流石さすがに全部運び出すために往復するのも面倒だからね。私が運んであげるわ」


 どうやらティルエールの魔法らしい。彼女はそう言って建物の中へと入っていってしまった。


 トランクと釣具セットはまるでおとぎ話に出てくる「意思のある家具」のように列をなして彼女の後ろを追いかける。大神は戸惑いながら彼女たちの後を追いかけた。寮の入り口の目の前に見える階段で2階へ上がる。そして左に曲がり、しばらく歩くと、ある部屋の前で立ち止まった。


「ここよ」


 そう言ってティルエールはポケットから鍵を出して扉を開けた。部屋の中は6畳より少し広いが、贅沢にもどうやら1人1部屋が割り当てられているようで、部屋の中には1人用のベッドが1台、机が1卓置かれていた。


「適当に置いちゃうわね」と言いながら、魔法で浮かせたトランクを次々と部屋の奥へと置いて行った。丁寧な性格なのだろう。放り出すわけでもなく、綺麗に並べて置いてくれる。


「悪い。助かった」

「気にしないで、最初だけよ。今後は自分でやりなさい」


 そう言いつつ、先ほど使った鍵を大神の前に突き出した。


「はい、この部屋の鍵」

「用意がいいな。いつも持ち歩いてるのか?」

「アンタがいつ来てもいいようにこの部屋の鍵だけ持ち歩いてただけよ。普段からスペアキーを持ってるわけじゃないわ」


 それから「一度事務室に寄るわよ」と言う。


「着任書類は持ってるかしら?」

「ああ。これだ」


 大神はすぐさま後ろのポケットからクシャクシャになった辞令を取り出す。ティルエールの顔が見るからに険しくなる。


「大切な書類をそんないい加減に取り扱う?」

「大切だからさ。船が沈んでも書類だけはちゃんと手元にあるようにしてるだけだ」


 それを聞き、ティルエールは呆れたように溜息を吐いた。


「あっ、そう。じゃあそれ持ってついて来て。司令部まで案内するわ」


 それからまた先ほどのトラックに乗って、司令部とやらへと向かう。しかし司令部は男子寮と女子寮から2棟隣にあった。トラックを使うまでもなく歩いていけそうな距離だ。


 2人はつくなりそそくさと降りて、目の前の3階建の建物に入り、最上階の事務室へと向かった。


「まだ人数が多かった頃はあちこちの棟に分散して仕事してたんだけども、事務関係の仕事は今はこの部屋で全部済ませてるわ」


 扉を開けながらそう言い、中へと入る。それから改めて大神に顔を向けた。


「それじゃあ着任書類を渡してちょうだい」


 クシャクシャになった辞令を手渡すと、彼女はすぐさま姿勢を正した。


「事務職員、シンイチ・オオカミのブルックヤード海軍泊地への着任を認めます」


 大神も反射的に姿勢を正して敬礼をした。


「……、はあ。それ、陸軍式の敬礼よ。一応ここは海軍なんだから海軍式の敬礼を覚えなさいよね」


 呆れたティルエールの声に「すまない」と言いながらほんのちょっとだけ敬礼の形を変えた。

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