第3話 左遷辞令 2
「フォスター大佐も悪ふざけは大概にするんだな」
連合軍本部の会議室の一室で、女性将校のノルマン大佐がくつくつとの笑い声が響いた。エルフは耳の長いハイエルフと耳の短く人間や魔族のハーフであるハーフエルフとに分かれるが、このノルマン大佐はハイエルフの将校だ。
彼女は顔中アザだらけのフォスター大佐と両腕を後ろに縛り上げられている大神を呆れたように見下ろしていた。
「まったく。我々全員が揃うまでは先走るなとあれほど言ったのに」
呆れ顔で言うのは情報部所属のリグラド・リオンスキー大佐。
「オオカミくんもオオカミくんだ。いくら怒ってるからと言ってねぇ、伊達にも上級将校を殴っちゃいかんよ」
大神は膨れっ面になりながらプイと顔を逸らす。まるでガキのよう。
「まあいいさ。とりあえずある程度の情報は行き渡っているのだろう?」
ノルマン大佐はそう言うと話を続ける。
「シンイチ。君はブルックヤードに行って、泊地の状況を見つつ、逐一情報部に情報をあげてくれ。暗殺計画の首謀者や実行犯が泊地の外部の人物か内部の人物かで対応も変わってくる。幸いにもブルックヤード泊地は少数精鋭だからな。比較的調べ上げやすいだろう。もちろん、君が護衛役を買ってくれるならそれが一番手っ取り早いが、さすがに事務職員の肩書きでやるには色々と不便だろ?」
「なんで俺なんすか。情報部から人員を派遣すりゃあいいでしょ?」
「この時期に情報部から人員を派遣すればブルックヤード泊地に動きありと、他の勢力を刺激することになるからだよ。対して君は私の元部下だ。君のことを知るものたちは「まあ、そういうことだろう」と勝手に推論して深読みしないだろう。君の立ち位置は我々にとって都合がいいのだよ」
ノルマン大佐の言葉に大神は「うぐぐ」と反論できなかった。
「つまりそれっぽく振る舞えと?」
「ああ、それっぽく振る舞って潜入してくれ」
ノルマン大佐の言葉に「またワサビ塗りたくってやる」との軽口が漏れる。ノルマン大佐は眉をピクリと動かしたがその言葉に何も反応しなかった。
あとが怖いなぁとリオンスキー大佐は心の中でつぶやいた。
「まあいい。シンイチ、散歩に付き合え」
ノルマン大佐は大神の背後に周り、彼を縛っていた縄を解いた。
その様子を見たフォスター大佐は思い出したかのようにリオンスキー大佐に顔を向ける。
「情報部がワシの身辺調査をしてるとかどうとかの話を耳に入れたが、どういうことだね?リオンスキーくん?」
「な!?おい!オオカミくん!何か余計なこと言っとらんだろうね?こら!待て!逃げるな!」
大神は聞こえないふりをしてそそくさと部屋の外へと逃げ出した。
*******
連合軍本部の屋上はまばらに人がいるものの、ノルマン大佐と大神の姿を認めると、気を利かせたようにそそくさと屋上を後にした。
「総務課に異動したにも拘らず、結局私の下で働くことになるとは…、君もついていないな。いや、君が私の部下として配属されたその瞬間から君の人生は決まったと言っても過言ではないだろう」
「勘弁して欲しいものですね」
ため息を吐く大神を尻目にノルマン大佐は近くのベンチに腰を下ろした。
「まあ、座れ。その方が私も落ち着く」
「んじゃ、失礼して」と言いながら、大神は横に座った。
「一つ聞いていいっすか?」
「なんだ?」
「大佐殿はどちらの陣営につくおつもりで?」
「いつだって私は勝ち馬に乗るさ」
「ほお?参考までに、今勝ちそうな馬はどの馬でしょうか?」
「それはこれから先分かることだ」
自分の立場を明確に示さないあたり「食えない奴」と大神は心の中で感じた。
「捨て駒かどうかくらいハッキリさせてくれたっていいじゃないですか。次の就職先考えるのも結構骨折れるんですよ?」
「おや?次があるとでも思ってるのかい?」
「まさか護衛の名目を建てるために俺を暗殺犯に仕立てようとか思ってないでしょうね…?」
大神の引き攣った顔を見てノルマン大佐は「ハハハッ」と大きな声で笑った。
「君を捨て駒にするのは正直勿体無い。だが、必要とあれば切り捨てる」
「はあ…。ハッキリ言いますね」
「まあ、少なくとも転職先が見つかる程度には落とし所を見つけるつもりだよ」
その言葉の意味を感じ取った大神は隠さず渋い顔をしてみせた。
「話、どの程度ややこしいんですか?」
「容疑者が絞れていないのもそうだが、そもそも話の出どころが不明なんだ。匿名の通報者とはいうが、どこから誰に通報されたのかの情報がない。幕僚会議で突然話題にされ、しかし詳細は告げられずに、リグラドに一任された状態だ。通報自体の真偽も不明、通報の目的も不明、秘密裏にではなくなぜ幕僚会議という場で話題に出されたのかも不明。今水面下ではクロアベル大尉を餌に勢力図の書き換えが進んでいるよ」
ノルマン大佐は両腕を背もたれに乗せ、足を組みながら空を見上げる。
「正直、君という餌がいてくれて助かった。君は掘れば色々と出るタイプの餌だからね、本命の目眩しにはちょうどいい。だからこそ君にはそれを前提に動いて欲しいんだ」
「食い潰されること前提の餌ですか…。どのような食い荒らされ方をするのか見当つかなくて怖いっすね」
「何。死ぬようなことはそうそうないだろう。なんだかんだ言って君は事務員だ。暴力的な手段で制圧されることは余程のことがない限りはそうそうない」
「ちょっと質問していいっすか?」
「なんだ?」
「その暴力の主体…、クロアベル大尉とは限らないってことですかね?」
ノルマン大佐はチラリと大神に視線を送り小さくニヤリと微笑んだ。
「この任務は当然ながら極秘任務だ。気取られるなよ?」
「絶対ワサビお見舞いしてやるからなこんちくしょう」
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