第2話 左遷辞令 1
時は聖暦2242年6月11日。この日はなんの日かというと、この物語の主人公の1人、
『辞令
以下の者にブルックヤード海軍泊地への転属を命じる。
総務課所属、シンイチ・オオカミ』
–––––– 左遷辞令だぜ!畜生!
「また異動ですか…」
ヒト族と共栄派エルフの連合勢力、人類連合軍の構成国の1つ、東亜共和国の首都
「そんな不機嫌そうにしなくても…」
どうやら隠せていないらしい。そりゃあそうだろう。彼はつい最近総務課に異動になったばかりなのだから。
「いや、まあ、辞令なら諦めますけど、左遷させられるようなこと、心当たりが…」
と呟いたところで、なんか思い当たることがいくつかあった。
「総務課長ヨノハ少佐のツケでって言ってあっちこっち飲み歩いたことか?
「君、結構やらかしてるね。ところでワシの浮気調査って何かな?」
–––––– しまった!?失言だった!
「詳細は情報部のトルエステ准佐にどうぞ」
大神はそろりと目を横に逸らした。
「まあいい。とりあえず君には来月、ブルックヤード泊地に転属してもらうことになった」
「ブルックヤード泊地ねぇ…。記憶が正しければあそこ、軍機能ほぼ停止状態ですよね?」
大神の問いに「そうだ」とフォスター大佐が返す。
「事情を知らぬものからすれば、なぜいまだにあそこに拠点が残ってるのか分からぬだろうな」
フォスター大佐はおもむろに立ち上がり、窓の外を見ながら口を開く。
「ティルエール・ロワ・クロアベル大尉の名前は知ってるか?」
「ええ、名前だけなら。確か今はブルックヤード泊地の所属でしたっけ?」
ティルエール・ロワ・クロアベル、16歳、人類連合軍のハーフエルフの軍人だ。この少女、年齢に似合わず、すごい功績を持っている。最も有名なのはクルルカ島単身奪還だ。エルフの国、エーデルガイド帝国に奪われたクルルカ島、その基地機能をたった1人で完全に無力化し、連合軍側に返したのである。しかも当時は12歳とか。圧倒的な魔力と魔法技術だけでそれを成したらしい。化け物か。
「彼女がなぜブルックヤード泊地に縛られているか、考えたことあるか?」
「一介の事務職員が兵の配置に気にかけるとでも?」
連合軍の本部で働くのは必ずしも軍人とは限らない。大神のように事務職員も多くいる。そんな彼のツッコミには反応せず、フォスター大佐はクロアベル大尉の周辺事情を話した。
「彼女はかなり目立ちすぎた。元帥閣下の愛弟子であり、クルルカ島奪還の立役者でもある彼女は、東亜陸軍の南西方面隊、連合海軍のクルルカ島防衛艦隊や第11艦隊など、彼女に直接命を救われたものからすれば英雄だ。しかし、空軍や一部の陸海軍将校、特にシェール軍港の将軍たちからしてみれば、自分たちのメンツを潰した目の上のたんこぶだ。南方に押さえつけたいが、だからと言って南方軍の勢力圏に残したくない。そこでブルックヤード泊地を骨抜きにして彼女を縛りつけようというわけだ」
「戦争してるのに政局に忙しそうですね、お偉いさん方は」
大神は白目を向けた。
今人類連合軍は西方のオークランド、南西方面のエーデルガイド帝国、南東方面のアトランティス海洋王国と三面戦争を強いられている。そんな最中に英雄を遊ばせている人事をやっているのだ。馬鹿馬鹿しくて仕方がない。
「まったくだ。人類連合も一枚岩ではない。東亜、アルビナ、ヘルベフォルツ、ルオファン。さまざまな勢力から独立して作られた連合軍だが、それでも各国の首脳たちは我々をコントロールしようとあの手この手を使って押さえ込もうとしてくる。他方で連合軍内部でも、どの戦線に配属されたかによって帰属意識や本部への信頼も変わってくる始末。この戦争の落とし所をどこに置くのか誰も考えておらんのかもしれんな」
フォスター大佐は深々とため息を吐いた。
連合軍の本部がある東亜共和国。その西側ラインツフォンド大陸にあるヘルベフォルツ社会主義国。東亜の東側にあるアルビナ大陸の諸王国。各国の植民地やハイエルフの部族の連合であるルオファンがある南方のムルストゥルス地方の島々。これだけ広範な地域を人類連合軍は防衛しているのだが、なんとこの連合軍は、東亜軍でもヘルベフォルツ軍でもアルビナ諸王国軍でもルオファン軍でもない、まったく独立の組織であり、指揮系統も人事権もそれらの諸国の軍とは独立している。しかし所属する軍人や職員の出身地はそれらの国々なわけだから、当然政治的にややこしいことになるのだ。
「で、話を戻して欲しいんですが、なぜブルックヤードに俺が派遣されるんです?今話したクロアベル大尉の政局話と何か関係が?」
そう言うとフォスター大佐はちょいちょいと指で大神を呼びつけ、耳を寄せるように言う。そして耳元で小さく言った。
「匿名の通報者からなんだがな…、どうやらクロアベル大尉に対する暗殺を目論んでいる勢力がいるらしい」
–––––– ふむ。なるほど。政局は思いの外泥沼化しているらしい。英雄の暗殺とか笑えねえぞ。
「で、俺がブルックヤードに追い出される理由はなんなんですか。まさか一介の事務職員に護衛してこいとは言わんでしょうね?」
フォスター大佐は首をキョトンと傾げる。
「できないの?」
「できるわけねーだろ!事務職員だっつってんだろ!ボディーガードでも警備員でもねーんだぞ!」
大神は怒鳴った。
「なんだ。できんのか。期待はずれだな」
「ぶっ…」
寸のところで言葉を止める。彼の口からやばい言葉が飛び出すところだった。
「まあ、冗談はさておき、クロアベル大尉に好意の目を向けるものは彼女に護衛を回したいと思ってるが、他方で彼女に敵意を向けるものはブルックヤードへの戦力の増強を好ましくないと考えてる。たとえそれが彼女の護衛を目的としていてもな」
フォスター大佐は真面目な面持ちで大神と向かい合った。
「クロアベル大尉に護衛を派遣する名目が欲しい。そこで訳アリの君に行ってもらいたいのだよ」
「おい、まさか、囮としてクロアベル大尉相手にことを構えてこいと?」
フォスターは何も言わずににっこりと微笑んだ。
「ぶっ殺すぞコノヤロウ!!!」
大神はついにキレた。いや、さっきからキレ気味だったが、英雄クロアベル大尉を敵に回してこいとか今後のキャリア詰んでいる。
「ま、待ちたまえ!これは明確な反ぎゃ…、ぐあああああ!!!?」
2人の様子を心配して見に来た事務員や将校たちに押さえつけられるまで大神はフォスター大佐を締め上げるのだった……。
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