第38話 エピローグ
ブルックヤード急襲から1ヶ月が過ぎた。破壊し尽くされたブルックヤード泊地の瓦礫の撤去はつつがなく進み、司令部があった建物の再建を優先させていた。宿舎はまだ建て直されておらず、クルルカから来ている巡洋艦の寝室を間借りして過ごす日々を送っているが、着工はしていて、あと1週間もすれば建て直しが終わる見込みだ。
ティルはすっかり本調子で、毎日のように哨戒任務に励んでいる。事務仕事にも追われているが、以前と違って出張してきている巡洋艦の乗組員にも手伝ってもらっているので負担が軽くなったと感じていた。哨戒も以前と違って派遣された艦隊と持ち回りでやってるのでその負担も減ったし、なんなら深夜哨戒も余裕を持ってできるようになった。彼女は「これこそが軍隊よ」と上機嫌に口にしていた。
ニーアは大神という泊地のメンバーが1人減ったことを残念そうにしていたが、今後また人員が補充されるかもしれないと聞いて、メンバーが増えることを楽しみにしていた。
ヨナは哨戒任務の時以外はフルートの練習を続けている。第5艦隊によって破壊された宿舎だったが、フルートについては奇跡的に壊れておらず、引き続き演奏することができた。「さすがミスリル製」とはニーアの言葉。
さて、さっきさりげなく触れたが、そう、ブルックヤード泊地はついに人員が増強されることが決まったのである!
エルフ兵、整備員、事務員とこれまで無視されていた要望がついに通ったのだ。ヨナとズーウッドを除けばみんなウキウキだった。
「ふふ!ついにこの時が来たわ!喜びなさい!ヨナ!アンタに部下ができるわよ!」
「よっ!軍曹!」
ティルの言葉にニーアが冷やかす。
「部下って言ったって何すんだよ……」
「そりゃあもちろん指導と指揮に決まってるでしょ?私たちがいない時はアンタたちで作戦に当たらなきゃいけないんだからその準備をやっておきなさい」
「それじゃあサボれなくなるじゃん」と不満たらたらの言葉がストレートに出てきた。
「ともかく!なんもないこの泊地に島流しにあった哀れな子うさぎなのよ?盛大に歓迎して逃がさないようにしないと!」
*******
11月になり、まだ解体工事と再建工事は進められているが、司令部と工廠と宿舎の再建が無事に終わったので、念願の人員増強の時が来た。エルフ兵3名、事務職員2名、工廠整備員2名、警備員1名と。若干名ではあるものの、それでもできることがなんとなく増えそうな、そんな再編だった。
定期連絡船で訪れる新人たちを堤防で迎える。
「よく来たわね!絶賛再建中のブルックヤード泊地へようこそ!私がこの泊地の司令官代理ティルエール・ロワ・クロアベル大尉よ!」
いつも以上にテンション高めで自己紹介をするティルの姿にニーアとリラックは苦笑し、ヨナとズーウッドは呆れ、桑田たちは感慨深そうにしていた。
ティルは新人たちを2台のトラックの前まで誘導する。
「さあ!荷物をトラックに乗せちゃって!何人かには荷台に乗ってもらうことになるけども、宿舎はすぐそこだから我慢してね」
新人たちは言われるがままにトラックに荷物を載せ、ある人は助手席に、別の人はトラックの荷台に乗ってティルとニーアに宿舎へと連れられた。そんな彼女らを見送ったリラックたちは、それぞれ医務室や工廠へと向かう。
けれどもヨナの視界に、ふと1人の人物が連絡船から降りて現れたのが映り、彼女は立ち止まった。
「……オオカミ」
「よお。元気そうだな」
2ヶ月前まで同僚だった大神の姿に驚き若干戸惑うのだった。
「……配属の連絡、聞いてないぞ?」
「違う違う。別の仕事で寄ったんだ」
見れば前回と違ってトランク2つ分の荷物しかなかった。
「ティルエールは?」
「今新人を宿舎に案内したところだよ」
「そっか。じゃあしばらく事務室で待つか」
大神は遠慮なさげに司令部へとズカズカと入ってしまった。ヨナは慌てて彼の後を追う。
大神は事務室に入るとまるでこの泊地の常勤職員でもあるかのように適当な椅子に座りテレビの電源を入れてくつろぎはじめた。そんな彼の姿を入り口から眺める。
「元気にしてたか?」
ヨナの言葉に「ああ」と返す。
「戻った時にはちょうど秋だったからな。肌寒かったが、風邪引かずに過ごしてるよ」
「色々と
「ずいぶん絞られたぜ?余分な仕事増えちまったよ。やっぱ仕事は引き受けるもんじゃねえな……」
「今回の仕事は嫌々やらされる感じか?」
「まあ、気乗りする内容ではないな」
その言葉に若干暗い思いを抱いた。しかし大神は「でも」と続けた。
「久しぶりに来れて良かったとは思ってるぞ」
その言葉になんとなく救われた。
「あ!そういやティルとはちゃんと別れの挨拶できてなかっただろ!ちゃんとティルと話をするんだぞ!」
「分かってるよ。それもあって今回の仕事引き受けたんだ」
「うんうん。なら良し。オオカミが来てるって分かれば絶対ティルは喜ぶからな!」
「俺が来たくらいで喜ぶかね…。絶対後で苦い顔するぞ…」
「喜ぶ喜ぶ。救われる」
「そんな大袈裟な…」
そんな感じです2人は会話をしているとちょうどティルとニーアが新人を連れて事務室に現れた。
「「あ、あああああ!!!?」」
2人の声が見事にハモる。そんな2人に大神は「よ」と、声をかけた。
「アンタ何しに来たのよ!来るって聞いてないわよ!」
「そりゃあ仕方ないだろ。告知なしなんだから」
「仕方なくなんかないわよ!こっちだって色々と予定があるのよ!来る前に一言くらい連絡があったっていいじゃない!こっちだってもてなす準備くらいしたいんだから!」
大神は苦笑して「そこまでしなくていいよ」と言った。
「仕事で寄ったんだ。あまり気を遣わないでくれ。後で後悔するぞ?」
「そ、そう?後悔なんてしないのに…」
ヨナとニーアの目には若干落ち込んでる様子が映った。
「こら!オオカミさん!ティルが一生懸命もてなそうとしてるんだから、素直に受け取らなきゃダメだよ!」
ニーアがプンプンと起こった感じで抗議する。そんな彼女を見て大神は困ったように笑っていた。新人たちは置いてけぼりにされて棒立ちになっている。みんな周りに気を
「オオカミ。もうしばらく待ってあげてくれ。新人の案内がまだ終わってないから」
ヨナはティルたちの代わりにそう言った。
「ああ。しばらくここでくつろぐよ」
その言葉を聞いてティルとニーアは慌てたように新人たちを振り返り、施設案内を再開する。
そして事務室の中は再び2人だけになった。
テレビの音だけが部屋の中で鳴り響く。
ヨナはそれを立ちながら聞いてるだけだった。
番組がある程度進んだところでおもむろに大神が尋ねてきた。
「そういやティルエールのコレクション。倉庫ぶっ壊れちまったじゃん。あれは結局どうなったんだ?」
「あれ?戦車と自走砲は無事だったんだけど対空砲とか自動小銃とかはほとんど折れちまったんだよなぁ」
「倉庫の建て替えとかどうすんだ?あれ、外の人間に知られたくないだろ?」
「そうなんだよなぁ。だから建て替えまでの間、戦車とかスクラップは裏手の森の奥に隠すことにしたんだ」
「なるほど。彼女も色々と大変だな」
大神はクツクツと笑う。それに釣られて自然とヨナも笑ってしまった。
「なんかオオカミの口からティル絡みの話がいっぱい出てくるな」
思わず漏らした言葉に大神がジッとヨナを見る。その様子にヨナは固まり見つめ返してしまう。
しばしの間、2人は互いの顔を覗きあっていた。
——— もしかしてオオカミのやつ……。でも、まだそこまで関係深いわけじゃ……、いやでも可能性は……。
先ほどの大神の反応の意味を勘ぐろうとすればするほどヨナの心臓の鼓動は早まった。
ガラリと事務室の扉が開く。
「ふぅ!案内終わったわ」
「お疲れ様、ティル」
ティルとニーアがちょうど帰ってきた。
「待たせて悪かったわね。仕事で来たんだっけ?」
「ああ。こっち来る前に総務課に居たって話したろ?今回総務課に移る前の部署に呼び戻されてな、その部署の仕事の一環で、おまえさんの仕事を見ることになったんだ」
「私の?もしかして広報?」
「なるほど…、そういう仕事もあるか…。いや、全然違うよ。まあ、おまえさんの頑張りをしっかりと見るってのは同じだけどな」
その言葉にティルは若干耳を赤くしてモジモジしだす。ニーアはたらし込んでいる様子を見てウキウキとし始めた。ヨナもまた心臓をドキリとさせる。
けれどもヨナの目には大神が悪巧みを考えている顔を浮かべているようにも見えた。
大神はカバンから紙を一枚取り出して、それをティルに渡す。ティルはおずおずとその紙を受け取り、それを読むが、さっきとは打って変わって戸惑いの表情を浮かべる。
そんな彼女の様子を不審に思ったニーアは脇からその紙を覗き込むが目に見えて分かるように固まった。ヨナもまた2人の様子を不審に思い、好奇心に負けて、覗き込んでしまった。そして書かれている内容に戸惑ってしまった。
だってそこにはこう書いてあったから。
『主計調査協力命令書
以下の基地ならびに部署に所属する隊員・職員は派遣された主計官の調査活動に協力しなければならない。
ブルックヤード海軍泊地
連合軍本部主計局 主計局長 エレーナ・ノルマン』
「え?え?」
ティルは明らかに戸惑いを隠せずに居た。ニーアもヨナも同様だ。
主計局。軍の経理や財務を担当する部署。軍を動かすにもお金がたくさん必要になるわけだが、そのお金を管理するのがここである。そして連合軍に所属する主計官は単に経理や財務を担当するだけでなく、場合によっては不正な金の動きはないのか調査をすることがある。そうした調査を連合軍では「主計調査」と呼んでいるのだ。
そういうのは軍属であれば知っているわけだから、3人は心のうちで一つの答えを導き出そうとしていた。
これってつまり……。
家宅捜索……?
「私たち、なんか調査を受けるようなこと全然してないんだけど……」
ティルが戸惑いながら言う。けれどもヨナはさっきまでの大神とのやりとりで、心当たりが思い浮かんでしまった。
ニーアも何やら察したようでティルに目を向けて「気づけ」と念を送る。けれどもティルは相変わらず戸惑ったままだった。
そんな彼女を断罪するかのように大神は口を開いた。
「東亜陸軍から横流しされた軍用兵器と予算着服の可能性、ちゃーんと確認しないとだよなぁ?」
そこまで言って、初めてティルは顔を真っ青にした。
「しゅ、主計調査って主計官がやるものじゃ…」
「おう。だから俺が来てやったぞ」
「まさかアンタ……」
大神はにっこりと微笑みながら身分証を見せた。
二等主計官 シンイチ・オオカミ
聖暦2241年〜
今年は聖暦2242年で、その1年前から彼は主計官をやっていた。5月頃に一度総務課に異動となり、一旦は主計官の身分を返上したが、せっかく主計官の身分に戻ったからと返納した身分証をそのまま再発行してもらった。
しかしそんな事情を知らないティルたちからすれば、まさか目の前の人物が主計官とは思わず……。そしてそんな彼にこれまで自分たちは表帳簿と裏帳簿をつけてもらっていたわけで……。
覆面調査。
そんなキーワードが3人の頭の中で思い浮かんだ。
今日、彼がティルの話題ばかりを挙げたのは、調査のためであり…。
彼がティルの頑張りを見たいと言ったのは、どう帳尻合わせを頑張ったのかを見たいと言ったわけで…。
「も、問題ないわ。結局購入した兵器は全損して廃棄になったわけだし、今掘られたところで足のつくようなものなんて何もないわよ」
——— ごめん、ティル。さっきオオカミに余計なこと言っちゃった。
そんな2人の心境を知ってか知らずか、大神は微笑みながら言った。
「しばらくよろしくな?」
ティルは涙目で「ひゃい」と小さく答えるのだった…。
ひとりぼっちの英雄 岳々 @lonwen
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