第25話 ブルックヤード沖海戦 2
「現在、シェール軍港から第5艦隊が出航。ナカルナの空軍部隊も向かっているようです。しかし相手はあの第一機動航空艦隊。恐らく反撃に遭い、被害を出すでしょう」
クルルカの作戦室には将官と作戦参謀がすべて呼び出され、報告を聞いていた。誰もが険しい表情を浮かべた。
「規模縮小させて、抜け穴だらけのブルックヤード。いつの日か攻め込まれるとは思っていたが、まさかクロアベル大尉が不在の時を狙われるとは…」
「もしかして彼女の動向が外に漏れてるのでは?」
「分からん。漏れてるかもしれないし、偶然かもしれない。しかし彼女がいようがいまいが、今のブルックヤードの戦力で迎撃するのは酷だろう」
「そう考えると大尉が休暇をもらえたのは運が良かったかもしれません。現在ブルックヤード泊地の所属人員は全員強制的に休暇を取らされて内地にいるとのこと。建造物の被害はあれど人的被害は皆無でしょう」
その言葉にほんの一瞬安堵の息が漏れる。
「だがそうなると南方の戦線がクルルカ沖とショアトル沖、シェール沖の三方向になる。シェール軍港はクルルカとショアトルの補給網の要だ。ここを押さえられると流石に戦線を維持できん」
「またしてもここを放棄せざるを得ないのか?」
くだらない政局によって骨抜きにされたブルックヤード泊地。そのツケを今支払わされようとしていた。
「第4艦隊を緊急出航させましょう。第4艦隊には航空戦力はありませんが何もしないよりはマシです。第5艦隊とナカルナ航空隊と共同で迎撃をするべきです」
将官の1人であるリリアナが口を挟んだ。
「私が行きましょう。かつて私はブルックヤードに所属していた身です。あの辺の海域についてはこの中でも私が詳しい」
クルルカの総司令官シュヴァーベン中将が「大丈夫かね?」と返す。
「我々連合軍は第一機動航空艦隊との実戦経験がまったくない。あれの相手はいつも東亜軍がしてくれたし、幸か不幸かアレと遭遇する前にクロアベル大尉が任務を遂行してくれるからな。奴らが出る幕がなかった。しかし今回は違う。初の遭遇戦にして敗北。いくら第5艦隊とナカルナ航空隊との共同戦線といえどもうまくいくとは思えない」
その場にいたノードランド少将も「空中戦艦が10隻もあるのだろう?むざむざと殺されにいくようなものじゃないかね?」と疑問の声を上げる。
「ですが今このタイミングでの撤退は、リルカナ再上陸を計画している東亜陸軍を孤立させることになります。しかし撤退支援をやるにも我々はシェール方面への退路を切り開かなければなりません。そしてこのままブルックヤードだけでなくシェール軍港とナカルナまで制圧された場合は、我々とショアトル両方が孤立することになる。エーデルガイドが主力を一挙投入したんです。このままですとおそらくリルカナ方面からも主力部隊がこちらに向かい第一機動航空艦隊と挟み撃ちにするはずです」
リリアナは険しい顔を浮かべながら「なんとしてもブルックヤードを取られるわけにはいきません」と熱弁した。
「……分かった。そこまでいうのであれば君に任せよう。他の者はリルカナ方面からの動きに警戒しつつ待機せよ」
将官、将校たちが一斉に敬礼をし始め、すぐさま動き出す。リリアナも杖をつきながら歩こうとするが、エステナが車椅子を引いて作戦室に入ってきた。
「リリアナさん。私が押します。急ぎましょう」
「ありがとう、エステナ」
リリアナは車椅子に座り、エステナに押してもらおうとした。しかしそこに思わぬ闖入者が現れた。
「お姉ちゃん!ブルックヤード泊地が攻撃を受けてるってホント!?」
ティルだった。パニックを起こしてるのか彼女は焦燥感に満ちた表情を浮かべていた。普段落ち着いた様子の彼女しか知らない人たちは初めて見るティルの慌てように驚愕するのだった。
「落ち着きなさい、ティル。まだ攻撃は受けてません。ただこのままだと制圧をされてしまう可能性があります。これから私が迎撃に向かうからあなたは落ち着いて待ちなさい」
リリアナは不安がるティルを宥めるように彼女の両腕を押さえた。
「大丈夫です。あなたの帰る場所は私が守りますから」
けれどもティルが心配してることはそんなことではなかった。
「違うの!あそこにはまだ人が残ってるの!」
その言葉に作戦室にいた将校たちの動きが止まった。
「どういうことですか?ブルックヤード泊地の人員全員に休職命令と滞在禁止措置が出されたはずでしょ?」
「違うの!1人だけ、オオカミだけが休職命令が出されてないの!このままだと彼が逃げ遅れちゃうッ!」
「急ぎブルックヤード泊地との通信を取りなさい!」
リリアナの怒声にすぐさまエステナが反応し、近くにあった無線を通信士から奪い取った。そしてブルックヤードへの直通電話を繋いだ。
1分、2分…。
「だめです!誰も出ません!」
「貸してちょうだい!!!」
ティルがエステナから無線を奪い取り、耳に当てる。
「出なさい出なさい出なさい出なさい…」
ぶつぶつと呟きながら無線を耳に当てるティル。
3分が経ち、4分が経ち、5分が経つ。
彼女の頭の中には出発直前の気怠そうな大神の姿が映っていた。
あの日。
休職命令の手紙を受け取ったあの日。
大神に収支報告書の事務連絡をしようと大神のところへ訪れた際、事務室で大神とヨナの会話を耳にした。
どうもあの2人は自分が休暇を取れるように手を回そうとしていた様子だった。
実際に2人の
それでも、そう動いてくれたという事実は、彼女にとってとても嬉しいことだった。
「お願いよ…」
6分が過ぎ、7分が過ぎ、8分が過ぎ、それでも誰も出る気配がない。もしかするとサボって釣りに出かけてるのかもしれない。
出てくれれば、出てさえくれれば。港には哨戒艇がある。ニーアと訓練していたようだし、彼ならすぐにでもシェール軍港に向かって逃げ出してくれるだろう。
けれどもブルックヤードへの敵の接近を知らないままだと。
そしてこのまま上陸されてしまうと。
彼は確実に囚われの身になる。
最悪の場合……。
そんなことが頭に浮かびながらも、しかしやはり無線からは何にも声が出てこなかった。受話器が取られる音も。
「お願いだから出なさいよ!」
彼女は泣き叫んだ。
けれども虚しく、受話器が取られることはなかった……。
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